二人が出会った時、それぞれにパートナーがおり、子供もいました。
『私たちの愛』(講談社・2003年刊)という本があります。「田原節子」が世の中でちょっとは知られるようになったのは、やはり父・総一朗との共著である、この本の出版が大きかったでしょう。表紙は、’89年に二人が結婚して全日空ホテルの写真室で撮影した時の、二人にとって初めてのツーショット写真が使われました。
母は父にちょっと寄り添うように。父は母の腕をしっかり掴まえて。
二人ともカメラ目線ではなく、でも同じ方向を見つめています。言われてみればかなり二人のそれまでの歴史を感じさせる象徴的な感じのする写真です。二人ともちょっと目が潤んでいます。
このツーショット、今は結構知られてしまった感がありますが、撮った当初、家ではしばらく封印されていました。母が隠していたらしいのです。
ある日、突然、田原家自宅を兼ねた事務所の書斎のような部屋でパソコンを叩いていたか何かしていた私はふっと側の本棚を見上げて、見慣れない写真がフォトフレームに飾られているのを見つけました。
それがこの、例の写真だったのです。
「可愛いじゃん!」が、私の第一印象。
その時よりも5年くらいは若い頃のものだ、というのはすぐにわかりました。(何故か?ははは…)
何故それまでこんなかわいい写真を封印していたのか、それを何故、今出してきて飾るのか。それも、飾るなら皆の目につくリビングとか、場所を選べばいいものを何故、パソコンが置いてある、どちらかというと仕事部屋っぽい場所なのか、しかも本棚の片隅。こちらは疑問だらけ。
(もっともそのパソコン部屋は父の着替えなどもある部屋だったので、父と自分だけが主に見る、くらいの意味を持たせていたのかもしれないです)
母はいつも何に関してもしゃべりまくるおしゃべりセツコなのにこの時はあまり多くを語りませんでした。後から聞いた話を総合させると、二人は結婚して、まず最初の写真を撮り、それから5年ごとにきちんとした記念写真を撮ろう、と決めたそうです。
更に父の解説によれば、新しく撮れた写真の母自身の顔が、本人のお気に召さなかったようで…。それなら5年前の、最初に撮ったドラマチックツーショット(つまり『私たちの愛』表紙になった)の方が余程可愛い、と気付き、突然引っ張り出してきたようだ…と。
他の時でも写真の自分の顔が気に入らない、と母が言う度に
「よっぽど自分の事を美人だと思ってるんだ」と父によくからかわれてました。まあ、私も自分の写真を見て、落ち込む方ですから母の気持ちは非常によくわかりますが。
二人は、実際、5年ごとに写真を撮ってましたが、どれも母のお気には召さなかったらしく(やはり自分の顔が気に入らなかったらしいのです)、いづれもしまいこまれたままです。結婚5年目、10年目に撮ったものも、二人で挑んでくるような顔をしていたり、強いムードが出ていてそれはそれでいい写真なのですが、一番初めに撮ったような意外性や強い印象は少ないです。
残念ながら、15年目を迎える直前に母は、私たちの前からいなくなってしまいました。
結婚記念日は8月15日の第二次大戦終戦の日。一昨年に母が亡くなったのはその2日前。13日の朝でした。
母・節子と父・総一朗の共著『私たちの愛』(講談社)で、この写真を本の表紙に、と強く押してくださったのは確か『私たちの愛』担当編集者の岡部ひとみさんでした。
二人のなにやら感慨に耽った表情と、印象的な言葉「僕は君が死んだらすぐに後を追うよ」(ある意味タイトルより衝撃的で)が載っている帯をめくると男の腕が女の腕をとっていた…なんて随分凝ってるように見えるし、どなたか言ってましたが確かにちょっとエロティックな感すらありますね。
しかし『私たちの愛』って…。逃げも隠れもしないこのタイトル。
そして帯の言葉「僕は君が死んだらすぐに後を追うよ」
やめとくれ。やりかねん。これが私たち家族の多分、一致した気持ちだったと思います。私など帯を見る度に心でつぶやいてました。しかもこの時の母はがんではあっても元気に生きてたんだし。
多少、身びいきもありましょうが、「生きる」事に誠実な二人が一生懸命生きてたらこうなっちゃった。そんな本です。
父の独白、母の独白が交互に表れる、という形になっておりますが
とりわけ、母が書いた部分は、かなり力が入っています。おそらく母の名前がクレジットに入った初めての本です。自分の両親の出会いから育ってきた過程や就職、仕事の事。恋愛のことを丁寧に綴っています。
ウーマンリブでの活動についても書いています。その時々の、何事もまっすぐに見つめ、何かに出会うごとにわくわくした気持ち、とりわけ、女を愛する気持ち。世の中には男と女がいて、その中で同じ女同志、交じわり合おう、慈しみあおう。そんな空気がひしひし伝わってくるのです。身びいきですが。(まあ、この場をお借りして言ってる事すべて身びいきで成り立ってますが)
決して文部省推奨ものの恋ではない2人ですので(文部省推奨の恋ってどんなだ。しかも今、文部省って言いませんしね、)、本を出す事は勇気がいったと思われます。私も人の反応が心配でした。
まー、しょうがなかったんだなー。と。いろいろ言われる事もありましょうが。総一朗くんと節子ちゃんが出会っちゃって、だからああなってそうなって。
どうなってこうなっちゃった。しょうがなかったんだな。
これが節子の子供としての私の感想です。
決してしらけている訳ではなく、でも多分、部外者でもない、私の感想です。
(了)