ほんとに今更ですが、私のこの連載は、タイトルに「ストーリー」とついてはいます。が。続けて読んで下さっている方がもしもいるのであれば、よ〜くおわかりのように、丁寧にストーリーを組み立てたりは全くしてません! 思いついた事を次々打ち込んでいるだけですので、時代の順序もあまり意識してません! そこのところ一つ、ご了承くださいませ。
父・総一朗から時々今でも聞かれるのが、
「お母さんを思い出すときいつのお母さんを一番イメージする?」
私が母・節子を思う時、幾つくらいの時の母だろう? ん? へ? む〜??
ほんとに時々聞かれるのですが、ちゃんと応えられたことがありません。昔のキンキラな厚化粧(時代の流行だったんですけどね)のアナウンサーだった母も、確かに母だし。家に帰って素顔になった母も、もっと母だし。最近の強気なオバチャンも(強気、はずーーーっと変わらないのですが) (あれ? 少し息が苦しいような気がします。オバチャン、の所で母が怒っているのでしょうか。オバアチャンじゃないからいいじゃん。ほんとは孫も生まれてたくらいなんだし)。
元気な時だけじゃありません。最後の数週間、意識が殆どなくなったようになって、苦しそうだったり、眠っているのか死んでしまったのかさえパッと見にはわかりづらくなった後でさえ、母は変わらず「闘う女」だった。あらがえぬ現実に懸命に立ち向かってた。なんか見ててそう思えてならないのです。その姿も、私にとってやはり母なのです。
そういえば、亡くなった後の顔も、その直前までの苦しそうな顔ではなくなったので「穏やかな顔」と皆に言われましたが、今思うと気のせいか、目さえ閉じているものの、何かをきっと見据えた時の母の表情にも似ていた様な気がします。
結構聞かれる度に走馬灯の様に各年代の母が思い起こされるのですが。
もう全部、母ですから。多少、年齢と共に見た目が変わっても見事なほど母のスタンスは、ず〜っと変わっていませんでしたし。
何事も全力投球。今、何が大事かよくわかっている。自分の信念は絶対曲げない。その為には多少(多少?)の大声も出す。オーバーアクションもする。怒り大爆発でも、壊れ物は投げない。投げるなら、紙類とか(ここは何故か私にも遺伝しました)、変なとこで冷静。割りに情にもろい。人の事をよ〜く見てる。「人」が好き。いろんな人と話すのが大好き。とりわけ「女」が好き。いろんな「女」がかわいくてたまらない。その自信は一体どこから? というくらいにいつも自信満々。本が大好き。いろんなモノを見たい。知りたい。その欲求が尽きる事はなかったと思います。
(母が亡くなったのは2004年8月。この年の4月か5月初め頃までは自力で本が読めていたと思いますが、最後の方で好んで読んでいたのは、私が薦めていた石田衣良。亡くなって間もなかった鷺沢萌。そして何故か永田洋子もの)
北原みのりさんから今回の連載を始める前に「綾子さんはお母さんを憎んでもおかしくない状況があったのに(多分いろいろ迷惑っぽいものをかけられた? 事もあったからでしょうかね)、何故そうならなかったんでしょう?」といった様なことを話された事がありました。
私が母に対して感じているのは、尊敬、とか。目標、とか。そういう言葉だとちょっと違うような気がします。
やっぱり「面白いから」じゃないかな。
母って、側にいてまるで飽きないし、ためになるし、すぐ怒るし?
なんだか一緒にいると刺激的で得した気分になるのです。ず〜っとそうなのです。
何かあっても「ま、いっか。節子さんのすることだから」。
私が。実はそんな面倒見のいい方でもない私が。自分の時間をめいっぱい削って、母べったりの付き添い生活をずっと続けてこられたのも、父や叔母・園子や姉・敦子や妹・まり、家政婦さん、夫、親友、近所の方、、、もういろんな方の力があったおかげなのですが、一番はなんといっても母といるのは「面白いから」なのですね。だからこそ自ら選んで、母べったりだったのです。別にいい娘だった訳でもないのです。
私としては、大当たり。子供は親を選べないのに。
(こんなだから「がんサポート」の編集長深見さんに「自分の親のことなのに誉めすぎですよ」とか言われちゃうんですが)
いろいろな事をしでかしてくれた母ですが。誰からも愛されキャラでもないと思いますが。好きな人からはめいっぱいとことん愛される、マニア向けキャラ? でしたね。