●怒るということ

最近やっと少しずつ母の遺品を整理することにしました。というか、いなくなってもう丸二年以上もたつのに、まだやってなかったの〜?ってヤツであります。

よく映画なんかでは、人が亡くなってすぐ次の場面でもう家族が遺品整理していて(えらいなあ、やること早い。やっぱり私が遅過ぎですねえ)

昔の恋人のラブレターかなんか出てきちゃったりなんかしたりして。そんな期待も半分、母の荷物をあさり始めております。まあ、もう何が出て来てもそんなに驚かないけど。

少し前までは母の遺品を目にするだけで、もうイケナイ!!うるうる状態な私でしたし、(毎日、母の物だらけの事務所に通っていたにもかかわらず!)手をつける事が出来ないでいましたが。少しばかり落ち着いてきた今日この頃です。

しかし本当に、なにから手をつけたものやらや…。とにかく手に触れたところから掘っていくしかないんですね。

そんな中でつい先日手に触れたものはといえば…
何やら古いもの箱をつついてしまったらしく、リブの会の会報らしきものやらイベントのパンフやら。懐かしのガリ版ってやつか、昔ならではの印刷物。日本テレビでアナウンサー時代に使ったらしい台本。CMプロデューサー時代に持っていたらしい手帳。いつが何の打ち合わせで、何に幾らかかって…とか書きなぐってあったり。

何故か、母が30代から40代初めまで住んでいたマンション(私も一緒に住んでた)近隣の管理組合みたいなところのお知らせまでとっといてあった…と思ったら裏に落書きしてあったりして。落書き、というよりもそこにもなにやら怒りにみちみちた魂の叫びが書きなぐってあったり。

「よく怒ってたよねえ」と家族で母の思い出を話すとき、父も他の家族たちも皆、笑顔なのです。母の怒りはエネルギーがある印。母が怒りんぼだという話はこのページで何回も触れていることではありますが、母を語るときに母のいろいろなものに対する怒りは、避けて通れないというよりも、どうしても通りたい道なのです。怒りんぼでありながら、ものすごく細やかな所に気がつく繊細な心も冷静な論理的思考も持っていて、人の話を聞く耳もちゃんとあり、説得する力も持っていました。だからこそ、初対面の人でも大親友のように話し合えたりしていたのだと思うのですが、要するにハンパがない、ということでしょうか。(ひとしきり怒った後はさっぱりしてはいるのですが。ただ後にまた同じテーマに触れた時は最初のテンションで怒り出します)

私がつい数年前、母のサポートをもうべったりとしていた頃、母が手書きの紙を渡してきて、パソコンで打って、と言われて入力した2編の詩のひとつを紹介します。(もう1編は『私たちの愛』にも掲載されました。それも大好きな詩です)打ちながら、心の中にもしっかと刻み込ませていただきました。

因みにこの詩が書かれた1976年とは「容姿衰えたと言われどついたろか裁判」のあった年です。


なににもまして憎いやつがいるといったら 
あなたはびっくりして私の顔を見た
私がやっと暴力の意味がわかるといったら
あなたは困った顔でだまりこんだ
憎いやつには暴力をふるうしかないと私が結論づけたとき、あなたは傷ましそうに私を抱いた
そして泣くよりはそのほうがよいとあなたもいった

平和も戦争も私には同義語
愛も暴力も私には同義語
すべてわしづかみの「生」

走り出したい さけびたい
大きく両手をひろげて飛び上れ

私は一人
私は自由
うづくまるより走れ
伏せるより飛べ

女が「生」に気づいた今
すべて、わしづかみの「生」

むらかみせつこ(一九七六年)

この詩も前述の書きなぐりから、ひょっとしたら生まれたのかもしれません。

「あんたって全ての感情が怒りからきてるのねー」
父がおかしそうに嬉しそうに母に言ったのはもう10年以上前の事です。父のその時の言い方ものんびりして楽しそうで良かったのだけど、母にぴったりの形容だなあ。

だって常に「闘う女」だったから。

姉妹と比較される事との闘い
会社との闘い
炎症性乳がんとの闘い
見えない何かとの闘い
あっちぶつかりこっちぶつかり。

怒るって。
何故?どうして?と世の中をまっすぐに突き進んで考えるからこそ起こる激情。それを放出するって事はすごい前向きなエネルギー。妥協してないってこと。
もういいやではすまさない。絶対に。
周りが「もういいじゃない」っていくら言っても。
その矛先が私に向いてくるとちとやっかいですがね。苦笑いしながら耐えます。
(それにしてもよく怒る人って、えてして皆、繊細な神経の持ち主ですね)

ずっとそれで突き進んできたんだもんね。
今は天国で穏やかに暮らしてる、なんてカケラも思いたくない。きっと今もこの世の中の、或いはあの世の矛盾に真っ向から怒りまくってるんじゃないか。そう思えてならない。
でなきゃらしくないもん。


INDEX
[2009/01/03]
節子の日記がない
[2008/12/07]
子殺し
[2008/11/02]
おくさん
[2008/09/01]
4年目の命日に
[2008/08/01]
気狂いこけしになりたい
[2008/07/01]
女と自然
[2008/06/05]
「女」をしょいこむ、ということ。
[2008/05/01]
性教育
[2008/04/03]
母親の恋
[2008/02/07]
我が母ストーリー第28回 幸せについて
これより前のコラムを見る
▼コラム一覧へ戻る  ▲topへ