●本当に人を愛するために

 母・節子のリブ時代、「ウルフの会」の頃、松井やよりさんが「リブをやると恋が出来ない」と言った事があったらしい。節子がそれに対し(松井さんに実際に話したかどうかは定かではありませんが。多分その場で返したのじゃないかな。節子さんの事だから)
「本当に人を愛する為にリブをするんだ」
と言ったんだそうで。初めて聞いたとき、この言葉に目から鱗が落ちました私。(ああまた実母礼賛かな。お許しあれ)
リブをやると恋が出来ないんじゃないか。この気持ちも実はわかるような気がする。なんか私も普通にそう思ってしまいそうだもの。現実にいろんな壁にぶつかるうちにそう感じそうに思う。

でもリブの根本の目的はそうじゃなかったんだ、という気づき。誰かと敵対する事が真の目的じゃない。自分の足ですっくとしっかり大地を踏みしめて立つという事がまず大切。その上で、愛する相手とどちらの方が上にたつのでもなく、対等に愛し合う為に。人間としてちゃんと喜びを感じ取る為に。(勿論、それを妨害するような奴とは、戦うしかないでしょうね)って理解しました。そうだったのか、ウーマンリブ。ウーマンがきっちりリブするウーマンリブ。

 節子さんの文章で、こんなのを見たことがあるんです。
 自分が子供を産んでその子が女だと分かった時、つまらないと思ったと。女が男を産む、という方が面白いのに、というような意味の事が書かれていたのをどこで見つけたんだったろうな。私が小6か中1の頃の事で、勿論、母に見せてもらった本の中だったと思うのだけど。ママは女を産みたくなかったのか。しょーがないじゃん、私、女だったのよ。って何故か、ちょいとすまないような妙な気分に捕らわれた。なんでだ。迫力負け。(しかし、絶対私のせいではない。尤も母のせいでもない。そもそも女の方が味があるというか、スパイシーで楽しいから女で良かったのだ) 母の言いたい事もわかる。私も節子ちゃんの友達だったなら、そーだねー、惜しかったねー(惜しかったのか?)、とか言っただろう。女が女を産むのはまだしも、女が男を身体からひねり出すというのはそう言われてみれば異星人を産むような、なんとも不思議な感じがして面白そうではないか。

だけどね。
多分、ずっと女として、女と女の話をするのが大好きで、女として主張し、女でいる事に喜びも誇りも持っていた節子さん。女でいる事を楽しんでいた節子さん。女を謳歌していた節子さんからは、例え何人産もうが女しか出て来なかったのではなかろーか。そんな気がしてます。

節子が「女」を愛おしんでいる様が非常によくわかる詩をひとつ。

女がきれいにみえる
ひたむきで おこりっぽく
わけ知らずに
がんばっていて
大口あけて 声たてて よく笑う女
女がきれいにみえる
あららと自分をコケにしながら
やや無責任ぽく
がんばっていて
目にあるかなきかの かげさして 微笑む女
女がきれいにみえる たがいの
おなかの底に燃える火を
しっかと両手でかかえこみ
燃えろ 燃えろと呼吸(いき)おくる
おまえはいい女だよ それだから
女がきれいにみえる

むらかみせつこ(一九七七年)

またまた節子の詩を紹介させていただきました。やはり困った時の? 節子頼み。これがまた私の大好きな詩でして。
女から女への愛情があったかく力強く染み込むように伝わってきます。

実は、母譲りか私も女が好き。なんでか好き。もう一歩で恋愛感情になるんじゃないかという位、好き。(今までたまたまならなかっただけかもしれませんな)
女は根本的にいとおしい。
愚かな女はその愚かさも可愛い。
賢い女はその一生懸命さがいとおしい。
みんなどこかでおそらく殆ど誰もが出会う痛みにそれぞれ頑張って耐えている。お腹の底で分かり合える温かい(熱い?)ものを持っていると信じられる。
男も同姓をこんな風にいとおしく思ったりしているのでしょうかね。

昔、夜中のコーヒータイムに母とこんな会話をした。
母「女が可愛いの、わかるでしょ?」
私「うん、変な男と喋ってる位なら女の方がいいよね」


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