●ドス! ドス! ドス! 

朝、ベッドの中で目がさめると、喜びに包まれます。ああ、生きていたんだ、と。私は窓の側まで行き、窓を開けて大きく息を吸い込みながら、外へ目をやります。桜が咲いた、青葉がきれいだ、鳥が飛んでいる、空が青い、川が流れている、風が吹いている……。なんにだって感動します。ベランダに小さなアリが歩いているのを見つけても、涙ぐんでしまいます。生きとし生けるものすべてがいとおしくなるのです。こんな日がくるとは思いもしませんでした。
(2003年『私たちの愛』講談社より)

あけましておめでとうございます。
今年は2007年。
ミレニアムうんたらかんたら、2000年問題、なんて言ってたのがもう7年前なんですね。

ところで。
年末に何故かハワイはホノルルマラソンに参加してきました。

私は決して! 体育会系の人間ではないのに。むしろインドアもインドア、本来は引きこもりに近い位、内に籠るタイプ。いろいろ周りに気を使って今のような普通っぽい生活(一応、身内の事務所ながら働いていたり)をしている。パートナー(ぱぁーっとなぁ…お正月なので)が近年走る事にハマり、付き合って市民マラソン大会などに一緒に何度か出かけるうちに、なんだか見てるだけじゃつまんなくなって、自分も参加するようになってしまった。無謀。元が引きこもりな私は当然相当運動音痴。逆上りもとうとう出来なかったままだ。それこそ学校時代、体育のかけっこもそうだったけど今もビリから数えてトップクラス。(よく知らないけど、スポーツマンが引きこもりになるって事もあるかもしれませんがね?)
ビリじゃないんだけど、めちゃめちゃ遅い。だからゴールの時もビリの人より逆に誰も見てない。あんまり見て欲しくもないけどさ。

一応、マラソン大会の前は、練習もする。近所のスポーツクラブの会員なので、そこのルームランナーみたいなやつを使って。殆ど練習はそこだけで。外を走るのは…滅多にしない。私があまりに真白な気持ちになって走るので、車や人にぶつかりそうで危ないのと、なんか人前で走るのってこっぱずかしいから。矛盾。 

ルームランナーの上で、私は自分の想像上はQちゃんになる。オバケの方では一応無く、高橋尚子になったつもりで。
走る、走る、走る。
ドス! ドス! ドス!
でもやっぱり、結構遅い。周りで同じ機械を使って走ってる人たちを見ると、足を動かす速度がまるで違う、皆さん速いのだ。タッタッタッタッといける。とんだQちゃんだ。

身体を動かしたくなった。無性に。30歳を超えてから特に。私が39歳の時に母・節子が亡くなり、身体を動かす事をとても大切にしていた節子を思いながら、だからといって節子の分も、なんておこがましい事を言うつもりは全くないのだけど、ますます動きたくなったのだ。

なんか無性に悔しくなる事がある。節子はあんなに身体動かしたがってたのに。
歩くのが楽しい、と。

「樹齢何百年といった大きな樹の太い幹に両手を回して抱きつき、樹の呼吸を手の平で感じ、樹と一緒に呼吸したい」(『がんだから上手に生きる』海竜社より)と。

病気になる以前の節子は、よく気功をやって身体を整えていた。身体の中心、おへその少し下の丹田に手をあててから、宇宙の気(私はいつも空の気、と思いながらやっていた)、大地の気を身体に取り込む。これはなかなか気持ちがよくて、よく教えてもらったりしたものだ。

節子がウォーキングに一時期はまったのは、がんになった後で手術後、主治医から逃亡した節子のために、新しい医師を紹介してくださっただけでなく、胸にぽっかり空いた穴の手当ての為にも手を差し伸べてくださった青木クリニックの青木正美先生の所に通う為に、片道30分ほどの距離を歩くようになったのが始まりだったと思う。歩いて通うようになったのは非常に酷暑な夏だった。

身体を動かせるのと青木先生とおしゃべりできる楽しみからか、節子は毎日どんなに猛暑でも日傘をヒュッと持ってそれは軽やかに出かけてっちゃう。お昼過ぎに出発したのに帰ってくるのが暗くなりかけの頃、なんて事がザラだった。

青木先生との話題は尽きなかったようで、病気の話、女の話、医者の世界の話、地震の話、歌舞伎の話…。
本当にすごく楽しそうだった。

そのうちがんが大人しくなってきた頃(2001年頃)には、クアラルンプールからバンコクまでのオリエンタル急行に乗って樹々の中を走る爽快感を堪能し、旅行にもたくさん行ったり、これは元々は沖縄フリークの私の希望からだが、石垣島からジャングルのある西表島や昔ながらの沖縄の街並みが感じられる竹富島。島巡りを堪能した。
母が会いたがっていた大きな樹との触れ合いをいっぱい果たした。

ある程度、自分の行きたい場所に行き尽くすと、節子の旅行熱のようなものはすーっと落ち着いて行ったが。
あんなに楽しそうだったウォーキングも、傷の手当てが終わって、青木先生の所に毎日通う必要がなくなると、「目的がないのに歩くのは嫌」とやめてしまった。気持ちいいなら続けてればいいのに。

そうしている内に再発だ転移だという事態になり。
やがて足が動かなくなって、目がちゃんとは見えなくなって
腰が立たなくなって、
少しずつ、少しずつガス欠を起こすようにやがてどこも、心臓すらも動かなくなってしまった母。

私は走る練習をする時、そんな事を何故か思い出しながら、走る、走る、走る。
ドス! ドス! ドス!
なんだ、なんでだ、なんで動かなくなっちゃうんだ。
ドス! ドス! ドス!
人間は、人間だけじゃないな、生き物はいつか皆動かなくなっちゃうんだ。
あんなまさしく殺しても死なない見本のような節子でさえ。
私だってこんな風に跳ねていられるのもあとどの位だろう?
そんな、まるで今更子供みたいな事を本気で考えながら走る、走る、走る。
ドス! ドス! ドス!
朝、目が覚めて家の前に広がっている川を見下ろしながらその景色の清々しい美しさに「今日も生きている。いろんなものがいとおしい」と言っていた。それなのになんだ、なんでだ。
ドス! ドス! ドス!

私は昔からパワフルなおばあちゃんに憧れていた。
今、70代や80代で元気に活動していらっしゃってる女性が羨しくて仕方がない。
若い頃から続けている仕事でも、50代、60代から始めた何かしらの勉強の事でも、10年、20年と続ける事でなにがしかの自信に繋がり、豊かに人生を謳歌して見える。
母・節子もそんな、いやそれ以上に充実したおばあさん(こんな言い回しはやはり失礼だろうか?)になる、と信じて疑わなかった。好きなこといっぱいして、本を書いたり、絵を書いたり、寺でも美術品でも行きたい所へ飛んで行って、やりたいだけやって 死ぬのだろうと。いやひょっとして死なないかもしれないなと。本当に微塵も疑わなかった。
長生きするだろうと思ってた。当たり前のように。
まさか67歳で節子の時間が止まっちゃうなんて。
ドス!ドス!ドス!

走った後は、妙にすっきり。身体も気持ちもすっきり。あまり疲れるまでは走らないようにしているせいもあるが。
難なのは、すっきりし過ぎて例えばこの原稿を書く体勢に入るのに手間がかかること。すっきりしてたら文章なんて書けない(私は)。と最近気付いた。

走ると体調もいい。風邪ぎみでも走ると治っちゃったり、お腹が少々具合悪くともやはり走ると良くなっちゃったり。良い事多いから可能な限り続けていきたいとは思うんだけど。時間がね。時間って作るもの。目指せ文武両道!?か。

今回私が行ったワイキキには大きなガジュマルの木が沢山あった。掌で触れるとその先から、何やら静かなエネルギーがサラサラ、というか、シュワシュワ、というか身体に流れ込んで来るのを感じる。節子はハワイに興味を持ってはいなかったけど、行けばきっと楽しめたろうになあ。12月8日、真珠湾攻撃の日、つまり開戦記念日に私はヘラヘラとホノルルにやってきた日本人団体客の一人だったけれど。

一応、結果をいえば完走ならぬ完歩。8時間48分51秒。ず?っと歩いた。ビリじゃないけどやっぱめちゃめちゃ遅いでしょ。走ったのはトイレ行く時だけ。因みにビリの人は15時間を超えてた。しかしやはり完全に「お祭り」だったな。

陽射しが強くなってくると、パッと折りたたみの日傘を差して腰を振って歩くサンタ帽を被った(おそらくアメリカの)おばあちゃんもいた。その人は、ずっと後にでもレース中にお屋敷街を通った時に、どこかの家のホームパーティみたいのに楽しそうに参加していた。自分の家なのか?それとも知ってる人の家なのか?しかし、それもアリなのだ。このイベントには時間制限というものはなく、リタイアしない限り、いつまでも待っていてくれる。そんなレースでなければ、私など参加できはしない。

若い時は大した手入れをしなくともある程度は身体は動く。だから動けるのが当たり前と思う。ところが年齢がいくと、あちこちにガタがくるんだこれが。
メンテナンスが大事になってきます。節子も40代の無茶が後の大病を引き起こした、と自覚しておりました。がんは自分が20年かけて育てたのだ、と。しょうがないですけどね。

だから皆さま、今年も身体に気をつけてやりたい事、頑張りましょうね。
ってそんなオチ。


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4年目の命日に
[2008/08/01]
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女と自然
[2008/06/05]
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[2008/05/01]
性教育
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母親の恋
[2008/02/07]
我が母ストーリー第28回 幸せについて
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