●母は占い師

掌をふっと見た。私は朝風呂の湯船の中。正月休みも後半の朝。掌見るなんて久しぶりだ。窓から差し込む光りに輝く掌は、前に見たより結構皺が増えていた。(前に見たのははて、いつだったであろうか?) はたらけどはたらけどなほわがくらし…ではないが。今の私の手は、これはいいんだろうか、それとも悪い暗示とか、出てるんだろうか。なんにも知らないで見てると皺の増えた、ちょっとポツポツも増えた、でも湯船につかっているから普段より潤いまくった、ただの掌。

母・節子は占い師だった。いや、本当に開業していた訳ではないが、タロットから易から、何でも占える人だったが、手相も見るのだ。それでなくとも多趣味なお方だった。なんでも興味津々。よく見られたものだ。見てもらった、というより、「ちょっと見せて」と、向こうが見たい時に勝手に?見られた、という感じ。多分、会社でも皆さんを占ったりしてたんじゃないだろうか。自分の事は人生の、特に何か岐路に立った時に占っていたみたいだ。

私の知ってる限りで具体的には
父・総一朗の仕事上の重要なことや、身体の具合が良くないとき、家を買おうかどうしようかというときなど、占っていた。GO、というか良し、のサインが出れば、安心してGO。勿論占いだけを信じるわけではなく、いろいろ調べたり最善の策を練るのだが。良くない暗示が出たときは、この場合もいろいろ調べながらも、結局やめる事が殆どだった筈だ。

1975年の国際婦人年会議でメキシコに行った際に、もうメキシコを発とうというその直前に、節子はタロットカードを買いに行く、と言ってハラハラしまくりの10歳の私と荷物を共に押し込んだタクシーに乗り込み、大渋滞の道をじりじりと目当ての店を目指して進んだことがあった。ほんとにギリギリで飛行機にも間に合ったけど、あの時はあせった。飛行機に間に合わないなんてことになったら大変だと思っていた。大体、言葉も大して通じない外国にいて、あと何十分で飛行機出ちゃう!   って時にまだ普通の道路で渋滞にハマッていたのだから。もしかしたらもう少し時間的余裕はあったのかもしれないが、私の気分がそんな感じだった。

無事、目当てのカードを購入。買った当初は、節子から「ほら、いいでしょ」と言われても「はいはい、それより飛行機、飛行機」てな気分だったのですが。後で落ち着いてカードをよく見ると色取りといいデザインといい、なかなかにカッコいい、本物!  の風格があるカードだと子供ながらに思った(偽物ってあるのかどうか知らないが)(それにしてもボキャブラリーが貧困ですみません…)。

その後、何度か節子がそのカードを使って夜中に何やら占っている所に遭遇したこともある。あろうことか、私も気になる男の子とこれからどうなるか、占ってもらった事があった。これもまだ私10歳の頃の話。(勿論どうにもならなかったし、そもそも母も「向こうも綾子を可愛いと思ってるわよ」など当り障りの無い事を言ってお茶を濁されたような気がする。こんなとこもプロっぽい)

1998年に節子が発症し、最初の病院で検査をし結果が出る前に自分を占っていた。
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易占は昔から折りに触れてやっていた。是か、否か、一度ではっきりさせてやる。それが易占をするときの私のやり方だった。
天地否。
その結果に愕然となった。ショックだった。一度ではっきりさせてやると意気込んだものの、これであまりにもはっきりしすぎている。是か否かの否。イエスかノーかで言えば、一点の曇りもないノー。疑う余地など、どこにもない。いままでずいぶんたくさん占ってきたが、これが出るときは事態がはっきりしている。
(中略)
そうか、否なのか。こうまではっきりと出たからには、納得しない訳にはいかない。私は私の占いをこれまで信じていた。もう一度、占うことはしなかった。これもいつものやり方。これ以上占っても、易占は繰り返さないものだという説教の占辞が出るのがオチなのだ。総一朗には言わないでおいた。私の身体のどこかでカクンと納得する音がした。 (2004年・海竜社『がんだから上手に生きる』より)
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とにかく昔から、「ちょっと手見せて」とちょくちょく言われ、ほい、とばかりに手を出した。
大概「いい手になってきた」と言ってくれたものだが、どこがどう良いのか聞いても説明はしてくれないので全くわからない。「とにかく、いいのよ」とかゆって。

 顔もよく見られた。まず、会うと正面から、じっ。
「どれ、今日はどんな顔してる?こっちきて顔見せて。んむんむ、いい顔してるわ」
いい顔、って勿論美醜の事でも、親バカが自分の娘だから可愛い可愛いって言ってるのとも違って(違う筈)、何か邪心を持っていたり、悲しみに沈んでいたり、という顔ではなく、まだ未来に向かってハツラツとした顔、とでも申しましょうか、精神状態の良い顔のことだったと思われる。
私だってきっとあまり良くない時もあったんだろうけど、それを節子があえて口に出して言うことはなかった。いつも言ってくれるのは
「うん、うん、大丈夫、いい顔してる」
確かにそれでこっちもちょっと安心するのだから。
今にして思えば、「大丈夫」って言い聞かせているような言葉ですわね。
私もそんな事されてて伝染したのか、すぐ人に「あら、今日は特に良い顔してるね、ノッてるね」とか「疲れてる顔ね」とかすぐ言っちゃうようになった。

掌にしろ、顔にしろ、タロット占いにしろ、「今、良い状態だね」と言ってもらうと、よっしゃこのまま行くべ、と、その時どんな状況であったにしろ、また弾みをポーンとつけてもらったような気分になり、勢いがついたように思うのだが、最近、それがない。新宿の母、とかよく言われますが、私の場合は、「私の母」だった。そのまんま。私の母が「私の母」だったので……。

つまり私には身近に、しかもタダで占ってくれる占い師さんがいたので、外の占い師さんを頼ったことはあまりないのだが。雑誌やテレビの占いくらいで。(高校生の頃、付属の大学の文化祭で占い研究会かなんかのお姉さんに占ってもらったことはある)きっと占い師さんにつめかける皆さん同じ様に、弾みをつけたり指針をもらったりしたいのでしょうね。なるほど「新宿の母」…。「母」とは上手い言い方ですな。

さて私の手を自分で見ても今の自分の状態、今ひとつよくわからない。顔も自分でもよく見た方がいいとは思う。しみ、しわ、白髪とともに、ちゃんと「真っ直ぐ前を見てる顔」になってるかどうかも点検。この点検も忙しいとさぼりがち。でも節子がいなくなって、もうそういう所をチェックしてくれる人はいないんだから、嫌でも自分でしっかり責任もたんとね。「40過ぎたら自分の顔に責任もて」って意外とそんな所から来てる言葉なのだろうか??   節子が亡くなって5日後に私は40になったのだ。

でもたまには言ってほしい時がある。今の私はどんな顔してる?
「うん、うん。大丈夫、いい顔してる」


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