●母の挫折その2

父・総一朗は以前から、節子の生前から「お母さん(節子。父は私に対して節子の話をするとき、必ず「お母さん」と呼ぶ)は挫折なんて知らないんじゃない?」とよく口にしていた。それに対して節子は全く肯定もしないかわりに反論もせず、何故か満更でもないような、表情をしていたっけ。私はいつも「謙遜は?」と心の中で突っ込んでいた。お笑いの南海キャンディーズの山ちゃんみたいに。
おしゃべりセツコが静かになるのは、面と向かって褒められた時と本を読んでる時くらいだったな。

節子の最後の入院は、亡くなる丁度二か月前の6月からだったが、それからの体力の衰えは本当に早かった。まるで、袋に穴が空いて中の砂がこぼれ落ちてしまうように。腰が立てられなくなり、声もどんどんかすれていき、少し話すのも疲れるようになった。そうすると、どうしてもコミュニケーションが困難になってゆく。「がんサポート」での最後の対談は、病室の中で行われたのだが、節子の体力がなくなっているのは明らかだった。それでも、こんな状態では無理だろう、と思われた状況の中で節子は何度も奇跡を起こしてきた。ストレッチャーで駆け付けた、2004年(この年の8月に節子逝去)6月27日の俵萌子さん、絵門ゆう子さんとのシンポジウム(俵さんが主宰されている乳がん患者会「1,2の3で温泉に入る会」の大会)しかり、7月8日NHK「ほっとモーニング」生出演しかりだ。もしかしたら今度も、と。編集者も、そして私もどこかで期待したのだ。

「敗北なんていうと、殴られたようで、希望がなくなっちゃう。がん患者はちょっとでも希望を持てる何かがほしい。どんなふうになっても、どんな細い道でも、何か方法がある、一つは残されている、ということを説明してくれる医者がいてほしい。
がんという病気は、私は気力だと思っている。生きる希望というか、1日でも生きてて、物を考えられる状態を確保したい。それがなくなるということは夢にも思いたくない」
(節子がNHK「ほっとモーニング」で話した言葉から)

だが、やはり初対面の方と、そしてあまりにも体力を失ってしまった節子には最後の奇跡はおこらなかった。この対談は7月22日。この2日前から、血小板が少なくなり、頻繁に輸血を必要とするようになっていた。いつもの対談なら、初対面のゲストの方でも話をして、どの対談の時も、よく盛り上がるらしく、すっかり仲良くなった後でツーショットを撮る。仲の良い雰囲気が伝わる良い写真が出来上がる。連載時、必ずツーショットは掲載されていた。

しかしこの最後の対談のとき、節子は対談の後まで体力は持たないだろうからと、初めにツーショット撮影を希望した。全く初対面のお相手。そして節子は、声を出そうとしても5秒も6秒もたってやっと一言、という、とても対談なんて出来る状態じゃなかった。ツーショットもやっとの事で撮ったものの、節子の表情は明らかに辛いのに無理をして笑っているといった顔だったし、相手の方もとまどいを隠せないままだった。初めて、あまり良いとは言えない写真が出来てしまった。(やはりこのツーショットは掲載されなかった)対談そのものも、節子が本来とはあまりにもかけ離れたペースでしか、声を出せないでいた為、きちんと本来あるべき形では成り立たなかった。もっともっと言いたい事があっただろうと思う。あまりにも衰弱した身体ではあったが、節子の目だけは、仕事をしたい!と輝いていたのだから。
終わった後の節子の機嫌は、あまり良くなかった。

俵さんの時も、NHKの時も、スタッフのみなさんや他の出演者の方々が非常に節子に気を遣ってくださり、節子の様子をみながら話をしたそうな時は促して下さったり、話を途中で折ったりせず、話終わるまで待っていただいた。分かってはいたが、俵さんの時にしてもNHKにしても周りの方々の暖かい理解があってこそ成り立った仕事だった事が痛感させられる。そして、俵さんの時よりもNHKの時のほうが、明らかに弱っていた。

NHKの時よりも、「がんサポート」の最後の対談の時が多いに弱っていたのだ。以前も取り上げたが、母が亡くなった直後みのりさんがここのコラムで書いてくれたように、「私の言葉をまず聞いてくれ」「私の意思を尊重してくれ」という気持ちの非常に強い人だったので、意思が人にわかるように示せなくなった時の絶望感は一体いかほどだったのだろう。まもなく節子は殆ど声を発する事がなくなっていった。

節子の初めての挫折は、この死の直前の、コミュニケーションを結ぶ術を断たれた時だったかもしれない、と思う。


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