●節子さんの「霊力」?

このページを読んで下さってる方はご存知でしょうが、私、原稿に煮詰まってまして、結構ずっとジタバタしてる。週一回の筈の更新が月1回出来てるか、否、出来てない今日この頃。
これが大した計画もたてずに、指の向くまま気の向くままにキーボードを叩いてきた報いというやつなのだな(無責任)。
こんな気分をかかえてつい先日、自宅にいた私は自分の部屋に向かって歩きながら
「あー!!おかあちゃん、どーしたらいいだろ?」
声こそ出さなかったものの、心から叫んだ。心から救済を求めた。

次の瞬間、上の方から懐かしい感触に一瞬、全身が包まれた気がした。ふわ。
服の感触、袖にくるまれた腕の柔らかさや母のちょっとした体臭、もとい、香りまで感じられた。男性からのものとは違う、母親に抱きしめられた、小さい頃に何度も味わったあの感じだ、これ。
かーちゃん、いる…?
じーっとあたりを見回す。映画とかみたいに、もしわずかに薄ーく見えるんだとしても決して見逃すまいとよく見る。目をこらす、ってこういう事なんだな。何か物が動いたりしていないかも。でもカーテンが風に揺れているくらいで。
やはりというか、どこにも節子の姿は見えなかった。

別に夏向けにオカルト話を持ち込んだ訳ではありません。わたし的には本当のお話。ネタをくれる為に来てくれたのかな?ただ、こんな心の叫びは初めてではなかったのだが。
どなたが信じようと信じまいと、節子は、いた。それがわかってしまった。

いつもいるのか、普段はあちらの世界と行ったり来たりして、さっきたまたま居合わせたのか、或いは普段は父・総一朗の側とかにいて、たまたま呼んだから来てくれたのか。
いつも見られてるんだとしたら、恥ずかしいマネは出来まい。と言いたい所だが、トイレいってるとことかは見ないで欲しいが…。

そういえば、やはり同じ部屋で、もう父・総一朗と結婚していた、でもまだ癌を発症する前の節子と電話していて、風邪をひいた私が確か「咽がすごく痛くて…」という話をした時。
節子が「じゃあちょっとやるわ」。って何をやるかというと、私の咽に向かって、念というか気を送ってきたのだった。電話だというのに、お互い口をきかずに、気を送る方、受け止める方にしばらく集中した。(受け流さないように!)
「どう?」
「うん。上のほうから撫で付けられてる感じ」
「あんた敏感なのね。そうよ上の方からやってるのよ」
あの部屋、なんかの入り口なのかちら??
てな感じで、母の不思議なパワーは体験済みではある私だが。
そんな節子なので、死んだ後でも、この世に下りてきて、やりたい放題なんてお茶の子さいさい、という気がどうもするのだけど、この世で想像するほど、自由気ままにはおりてこられないのかもしれないな。
因みに、電話線をつたって、節子に咽を撫でてもらった時の私だが、それで風邪が治るところまではいかず、その後しっかり医者の世話にもなった。

余談だが私も、節子にすすめられて気功をやっていた時期があり、多少は気の感覚というものが、わかる。節子が癌になったばかりの頃もダメモトながらよく節子に気を送ってみたりした。当然ながら、病状にはまったく影響はなかったが…。

 不思議なパワーといえば父との共著『私たちの愛』の中で節子が書いた部分で、ずっと昔、節子が父と初めて結ばれた事を書いた文章で下記のようなものがあった。出版当時、下記の文章より前に出て来る、「私にとって最高の絶頂感は総一朗でした」という部分は、各方面から話題になり、ワイドショーなどでも何度か取り上げられてました。私としては、自分の母親が言ってることとてやはり頬染まる気分…。
その文章の後半が興味深いものだったので、長いですが引用します。
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(略)絶頂感というものも知ってはいました。でも、違う世界へ飛んで行っちゃうような、絢爛豪華な性の世界を経験したのは初めてでした。いっさいの邪念から切り離されて体ごとのめり込んでいく、コントロールのきかない世界。才能がなくても味わえる創造の世界。なんて人間は平等につくられているのかと思っていました。
 そして、その瞬間、全部が真っ白になります。天なる宇宙と子宮が一体化する瞬間で、それは祈りを捧げるときに、あるいは、座禅を組むときに、恍惚とした別宇宙に入り込む、その瞬間と同じ感覚です。それはまた、オカルトの世界とも一種通じる世界でもありました。
(略)
どうも、男と女の間には大脳生理学上の違いがあって、男女の性感の違いもそこから発生しているのではないか。横浜市立大学の大脳生理学の川上正澄先生に対談をお願いしたことがありました。
「女には二十八日の月経周期があり、その周期にしたがって大脳の働きも変わってくる。
前半の二週間では百二十パーセントもの能力を発揮して、三週めは六十パーセントに下がって、四週めには八十パーセントに戻る。セックスは大部分が大脳の働きだから、この変化につれて女の生活にも、また性感にも、山もあれば谷もあることになる。つまり、女の大脳の働きにもメリハリがある。でも、ずっと男は平板で、だから、男はものすごくつまらないんだ」と先生はほんとうにつまらなそうに言いました。
 周期性があるということは、だめの次には再生ができるということです。だから、海の底まで沈み込んでも、女は次の再生の時期になると立ち上がってきます。つまり、女は簡単に生まれ変われるのだ、と理解しました。二十八日周期とは子宮の周期、月の満ち干の周期と同じです。すると、女はおのれの体内に子宮という小宇宙を抱え込んでいることになる。絶頂感の瞬間に、子宮が天なる宇宙と連動しているような宗教的な感覚にとらわれるのは、そういうことだ、とこれも、彼とのセックスを通じての発見でした。
 あの頃、ちょうどオカルトに興味を持ったのも、その続きでした。性感を通じて自分にもそのような力がそなわっているような気がして、いろいろな小実験をするようになりました。たとえば、彼と会いたいと思っても、うまく連絡がつかないことがあります。そして夜になる。彼の自宅に電話をかけることはできない。なにか合図を送れるのではないかと思いたちました。オカルトでは念力を飛ばして、遠方で音を立てることができるとされています。それには丑三つ時がいいのです。ほんとうに笑っちゃうし、あまり信じてはいないけれど、とにかく試しに丑三つ時を待ってそれをいたずら半分でやってみたのです。念をかけるのは本気です。
(中略)
彼とのセックスで自分のオカルトの能力に目覚めた、と言ったら笑われるでしょうね。

(『私たちの愛』2003年 講談社刊)

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(先日私にふわっとハグしてくれたのも、節子が近くにいたんじゃなくて、遠くからの念だったのかもな)
節子が念を送った翌日、父は「昨夜家に泥棒が入った。見てはいないけど、2階の雨戸がガタガタいうから見にいったら逃げていった」と言っていたそうで。
それを聞いた節子は、やったね、とほくそえんだとか。可愛いけど、この悪戯者めが。


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