●我が母ストーリー第28回 幸せについて

ひとつの原稿の持ち歩き期間が長くなってしまった(つまりなかなか完成しない・・・)2007年。2008年はちゃんときちんとコンスタントに原稿提出せねば。やはり人間として!

先日、節子の荷物を整理していて(まだ終わってません)、雑誌「新しい女性」(吉川書房の昭和52年12月1日号)を発見した。昭和52年って1977年だから30年前だ。節子39歳。元・美貌アナとして配置転換を迫った会社にモノ申した、あの裁判があった年だ。
雑誌そのものは保存も悪くて、やや黒ずんでもいたのだけど、中身は生き生きと元気のいいものだった。カビくさいページをめくっていくと、節子の文章が載っていた。

「生きるって難しいね・・・・・」と友達がポツリというのを聞いて、「生きるって面倒くさいね」と私が答える。なにやら深刻で自殺の相談みたいだが、実は死んじまえば考えこむこともなくラクといえなくもないのだけれど、(中略)おもしろく生きる、あるいは自分をおもしろがらせて生きるにはどうすりゃいいのか。自分をどのような設定におけばおもしろいのか、おもしろがれるのか、これがいつもの私と友だちのおしゃべりの中身である。人間商売、おもしろがって生きなくちゃ、が生きるための私の鉄則なのだが、人生の入り口の十代、二十代と違って年をくうにつれ、最近とみにおもしろがれる選択肢の幅が少なくなった。世のしがらみをいろいろ引きずるから、突然商売変えをして画家になるとか、船にのるとか、こどもを作らないとか白紙に思いのまま絵筆で塗りたくるように設定をするわけにはいかないのである。余白の多かった二十代よ、われにかえれである。にもかかわらず、いま、私は生きることは難しい、面倒くさいといいながら、生きてきた今までのどの時代よりもおもしろがって生きている。

おもしろく生きる、これは私にとってずっと生きていく上で指標だ。私が子供の頃の夜、人生論的なものをいっぱい交わした節子と二人のコーヒータイムにそんな話をしてたのかもしれない。

しかしおもしろいってなんだろう。
ピンチな事態になると、頭の中でなにやら「しっかりしなきゃアドレナリン」みたいのがとびまくって、妙に冷静になったりする。心のどこかで「さあ、おもしろくなって来ちゃいましたよ」とつぶやいてる。その度合いは5%位で消費税程度だけど、確かにどこかサディスティック的にそう思っている自分がいる。(逆にチャンスの時には、なんかひいてしまう自分がいる・・・)

あるとき、なにがそんなにハッピーなのですか? 五つ六つ私より若い女がややとがめる口調でいった。この世の中で女がハッピーであるはずがないという結論を彼女はしっかと腹に据えている様子だった。(中略)?夫とうまくいっている?こどもはいい子に育っている?仕事はいい仕事をまわしてもらえる?買いたいものが買える?食べたいものを食べ、遊びたいように遊べる?お金も時間もある?あなたに不自由はないの?実はこたえはすべてノーだ。そんなにうまくいくわけがないじゃないか。

すべてノーなんだ・・・いい子に育ってなかったこどもとしては、複雑。しかし確かに節子のこどもは特に義務教育の時代は勉強も好きじゃないし、身体を動かすこともかったるい・・・。自分から努力なんて思いもしない。出来ればずーっと好きなマンガとかビデオだけ繰り返して見ていたい・・・そんな奴。向上心もなんもなかった。強気ややる気は皆、節子の子宮の中に置いて来てしまってた。

問題はいくらでもある。彼女の質問にない事柄で私が背負いこんでいるくじゃくじゃした沢山の問題たち。それを数え上げていけば彼女に安心してもらえるのだろうか。そんなことはあるまい。全てが実に不自由だ。だが不自由だからこそ、いいかえれば不自由を感知する皮膚が健在だからこそ生きることがおもしろいといえないだろうか。問題山積、さあどこから手をつけようか、という自問自答のできることが実はハッピーでおもしろく、かつ自由なことなのだから。( 中略)

そういえば、節子ががんを発症したとき、私が他のいろいろなものよりも節子を優先させて、節子の側にひっついている事を選んだのは、私にとっては、自由でおもしろくてハッピーなことだったといえるな。自分自身で納得して決める事が出来たのだから。

一度仕事の場に身をさらした女はよかれあしかれ自分の姿を他人の眼のさめた視線が届かぬ所でする作業、家事、育児は女が自分自身、よほどさめた視線をもたぬ限り自己撞着の落とし穴に落ちこみかねない。女にしろ、男にしろ、それが苦痛をともなうものであろうとなかろうと、労働する場ではじめて自分の人間社会の中の位置を知覚すること、つまり自分を他人の眼で見ることができるのだ。それなしでどうして自分を知ることができるだろうか。自分を信じることができるだろうか。子どもを見守る自信が生まれるだろうか。生きる難しさを知ることができるだろうか。生きることをおもしろがることができるだろうか。(中略)働くのはまず食うためである。食わせてもらわないためである。食うために人間がどのように血まなこになるか、たてまえ、ほんねをつかいわけ修羅場をくぐりぬけるかを見知るためである。(中略)けれど、働くことはよろこび、楽しさより、苦痛であることも少なくないのだけれど、それをあえておもしろがるエネルギーをお腹の底に貯えてほしい。(略)
なんでも知っていたいと思う。それが自分にとって知りたくないような事実だったとしても、知らないでのほほんとしてるより、知ってしまって苦虫をぎりぎり噛み潰しながらそれでもくいしばって進んでいけることが、やはり自由でおもしろくてハッピーなことのような気がするんだ。
「酸いも甘いも噛み分ける」というような言葉がありますが、私は勝手に「酸いも甘いも吸い尽くす」と、それがモットーだと友人に言い放っている。親友からは「違うでしょー!」と怒られるけど。分けたりしないで、何でもござれでいたい。

働くのは生きる事、と最初に言ったのは誰だったんだろう。あまりにもうまい言葉だ。一番最近聞いたのは、ドラマの台詞だった気がするけど。
ラブピースの原稿はこれでも楽しんで、おもしろがって書かせていただいてる。仕事だとあまり思っていない(思えよって)。じゃあ通常はおもしろくない仕事をしてるのかっつう事になって、あれれ、書けば書くほど首が締まっていくような・・・。今。一応私は。人のフリ見て我がフリなおすよう努力しているつもりだけど。今、何をなすべきか考えているつもりだけど。先人の知恵に学び後進を導きたいと思うのだけ・・・。
「そんなうまく行くわけがないじゃないか」。
でも、あがき続けるとしよう。今より良くなるよう、おもしろくなるよう。何もしなかったら今より悪くなっていく。そこだけはわかるんだから。生きてくのって多分「動く歩道」の上を逆向きに歩いていってるようなものだから。前に行こうとしないと、流されるように後退してしまうのさ。必死に前進していきたい。?そのハッピーさを、おもしろさを、自由さを、ペロペロしゃぶりつくし続けながら。


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