皆さま、こんにちは。
いかがお過ごし? まだヨン様にくびったけ?^^
今月ソウルでは、大規模な日本映画祭が開催された。それは、2004年メガボックス日本映画祭、またの名を日本映画ラブ・アンド・ユース1965年〜1998年と呼ばれるもの。その日本文化庁主催の映画祭は、1965年から98年までに日本で制作された合計46本の映画を、韓国一般人に公開しました。どうして1965年から98年までの日本映画だけを公開したのか、それには、わけがある。1965年は、韓国日本間の外交関係を復活し始めた年で、98年は韓国政府が、日本映画を含めた日本の文化の門戸を部分的に開いた年なんだよね。だから、日本文化庁は韓国一般人に、合法的に日本映画を観る手段がなかったその時期に制作された日本映画を集めて、韓国で日本映画初の映画祭を開催したわけ。日本文化庁の趣旨は、とても象徴的で、思いやりがあると思ったよ。
映画祭にどの映画を上映するか、その文化庁の選択方法もおもしろいよ。日本文化庁は、キネマ旬報の読者に質問した:「どの日本映画を韓国人に観てもらいたいか?」文化庁はとてもこの映画祭を気にかけていて、ホントに良い映画を韓国人たちに観てもらいたかったんだと思うよ。上映された映画作品群は、日本の若者達のロマンスもの、家族もの、田舎と大都会の問題もの、学生運動デモもの、経済急成長の闇の部分を描いたもの、バブル期における消費ブームを描いたもの、などなど。
この映画祭のもう1つの良い点は、映画チケットの値段が安かったこと。たったの1000ウォン、日本円にして約100円よ。だから皆映画を観に行けるし、お金の心配なしに観たいだけたくさんの映画を楽しめるわけ。この映画祭は、日本と韓国間の真のコミュニケーションと文化の交換であって、利益目的ではなかったってこと。
アタシは2つの作品しか観に行く事ができなかったんだよ、他の映画を観に行く時間がじゅうぶんになくて(残念ながら、映画館が家からかなり遠かったんだよねー。)で、「時をかける少女」(1983年)と「喜劇 女は男の故郷よ」(1971年)を観た。ラッキーなことに、アタシ、2作とも気に入ったよ、特に「喜劇 女は男の故郷よ」がよかった。ある意味、2作品ともかなり変わっていると思う。まず始めに「時をかける少女」。「時をかける少女」は、SF映画だけど、そのSFジャンルの特質がないじゃない、基になるコンセプトと時折起こる事件を除いてはさ。映画「恋はデジャ・ブ」と「ある日どこかで」をミックスした映画みたいだった。完全なSF映画ではないんだけど、おかしな悲壮感と懐かしさがある。そう、悲しい話じゃないの〜。映画の最後の方で、泣きそうになったよ、特に理由もなく-たぶん、ほんとうはアタシ、理由を知っているのかもしれない。
「喜劇 女は男の故郷よ」のほうは、始めのシーンから、かなり笑えた。この映画、日本では有名なのかな?もしそうじゃなかったら、悲しくない?だって、この映画、30年以上も前の1971年に作られたものにしては、かなり素晴らしい映画で、内容もよく書かれているし、演技も素晴らしくって、ラディカルじゃない。内容は、ストリッパー小屋を経営しているカップルの家に住んでいる女性の話。若いストリッパーたちは、その家に住んでいて、家主であるカップルを、実の両親ではないけれど「お母さん」「お父さん」と読んでいる。そして、皆自分の職業を恥じていない。そこに住んでいる皆は、ちょっと変わった職業の普通の人々で、後悔なく毎日を楽しく過ごしたいと思っている。そこの皆は、社会の慣習、警察、やくざにすら怯えることなく生きているんだ。
こんなシーンがある:「お母さん」は、自転車の荷車に排泄物を乗せ、それをあるクラブにひっかけるの、どうしてかって、それはそのクラブを経営しているやくざが、自分の娘の1人に嫌がらせをしたから。そのシーンを観たアタシは、「なんてかっこいい女性!」なんだと思ったわ。
アタシは今まで、黒澤か溝口以外の古い日本映画以外は観た事がなかった、そして今回のこの映画祭は、日本の過去とその時代の日本人の生活を理解するのにとてもすばらしい機会だった。アタシは、最近のテレビドラマか映画から、または日本人の友人達から、今の時代の若い日本人の生活を知っているだけ。実際アタシたち韓国人と日本人って、お互いとても似通っていて、とても共通点があって、かなり笑えるわ。にもかかわらず、アタシたちはお互いのことをよく知らない。もしアタシたちがお互いを理解したいのならば、今回のような心あるイベントを通して、まずお互いをもっと知る必要があるでしょう。お互いが繋がるためには、もっと努力が必要だと思うけど、未来は明るい、って!
ケイ