人は誰でも死ぬのですね、そんな当たり前のことに改めて心が震えました。子供の頃から何回か経験してきた近しい人の死を、その葬送を思い起こし、胸がいっぱいになりました。この映画うまいところを突いてます。観た人のだいたいが感動するのじゃないでしょうか、つまらなかった観なけりゃよかったと感じる人は少ないような気がします。最近の映画館はリタイヤした団塊の人々で結構繁盛しておりますが、老齢にさしかかった身であればなおさら、己の来し方行く末などに思いはせ、感動もまたひとしお、かと。映画館の暗闇にはそこやかしこと洟を啜る音が連鎖して、なんとも言えない一体感。このわたしも、全編を彩るチェロの音色にそそのかされて、油断すると思わず嗚咽が込み上げてくる、オオーンと不測の声が挙らないように唇を噛んだりして、人知れず苦労していたのでございます。いつかきっと、声が漏れても構わず映画館で泣けるくらいの剛毅な人間になりたいものです。そういう迷惑なら人にかけてもいいのではないかと、思ってみたり。
世界各地にいろいろな形の葬儀がありますが、つまりは遺体の始末の仕方です。祈りや供物や別れの言葉を捧げずに葬ることなど、おそよ人間らしくありません。世界各地に様々な文化文明の遺跡がありますが、その根本を語るもの、それはやはり墳墓でしょうか。遺体の始末の仕方がだいたい同じならだいたい同じ文化圏と言っていいのでしょう。そういう意味で、わたしはこの映画を観て「ああそうか」と思ったのです。
日本人は宗教に関していい加減と言われてきました。例えばあの歌を思い出します。
♪1月は正月で酒が飲めるぞ、酒が飲める飲めるぞ、酒が飲めるぞ♪
♪12月はクリスマスで酒が飲めるぞ、酒が飲める飲めるぞ、酒が飲めるぞ♪
また例えば、結婚式はキリスト教、厄よけ祈願七五三に初詣と神社にさんざんお参りし、人生の最期は仏教で、が多くの日本人の常識です。こんな無節操な人々を野放しにしている地域が他にどこにあるというのでしょうか。しかし、いくら批判を浴びても私たちの多くは意に介さない、別にいいじゃんって顔して日常生活を送っている。クリスマスにはクリスマスケーキを、正月にはお屠蘇を、ついでにバレンタインデーにはチョコレートを。楽しけりゃそれでいいのか、酒が飲めりゃそれでいいのかって自嘲気味にもなりましたけれども、けれどもたぶん、私たちは宗教以前に、もっとプリミティブな共通の信仰心というもがあるのかもしれないと、そしてそれは私たちの文化にとって根源的なことなのではないかと、そんなことを考えました。
火葬場に長年勤めてきた平田正吉が「死とはまさに門です。わたしは門番です。わたしはここで『いってらっしゃい、また会おうの』と言いつづけてきました」と語るシーンがあります。その台詞を聞きながらわたしは、わたし自身の、あの、鉄の扉が閉められた瞬間の喪失感を再び思い出しました。あれは一連のお別れ儀式の中でも特殊で、ちょっとしたトラウマになっているのじゃないかと思うくらいです。仕方ないとか、怖いとか、そんな馬鹿なとか、取り返しがつかないとか、頼む誰か止めてくれとか、もうおしまいだとか、ごめんなさいとか、一瞬の間にいろんな思いが沸き上がってきて、挙げ句の果てに思考停止、頭まっ白という具合。生きている限りもう何回かあの瞬間を味わわなければならないのか、と思うだけで頭がぼーっとしてくるほどです。遺体を清拭したり、死化粧を施したり、死装束を整えたりすることは、葬ることの罪悪感を少しでもやわらげるためにするのかもしれません。
方や、例えばドラキュラなどは死ぬと瞬く間にその体は灰となり雲散霧散し何も残らないというふうに語られます。遺体の残らないのは人間じゃない証拠、夢マボロシの証拠です。体というものがあってこその自分自身なわけですが、死んで魂がその体から立ち去った後も、体自体が残ることを考えると、体って丸ごと全部自分のものじゃないような気もします。この世にある限りにおいて、この世のなにがしかから貸していただいているような感じがします。死ぬ時は、つまり使い終わったら、それはきちんと返していかないとね、みたいな。
この映画はいい映画です。秀作です。スタッフが皆、監督も俳優も、充分力を発揮し合っている感じがします。なんと言っても脚本がいい。食事のシーンが多々出て来て、「死ねないなら食べるしかない、食べるならうまいほうがいい」なんて台詞で、生きることの本質を語ろうとしています(ふぐの白子をチューチュー吸う山崎努がちょっと気持ち悪いです)。生命を受け継いでいくものとしての家族の絆をさまざま描こうとしています。諦めることで見えてくる人生哲学みたいなものを主人公に託しています。主人公の父親への葛藤は、わたしもその一人ですが、身につまされる人も多い話だろうと思います。それでもやっぱりこの映画は、納棺師の手技に始まり納棺師の手技に終わると言って過言でないだろうと思います。過不足ない素晴らしいストーリーですけれど、物語に感動する以上に、自分自身の思い出が頭をもたげてきて、映像に強く感応してしまうのです。そしてその思いは、映像の中の清々しい空気感とチェロの響きとに運ばれて、天に向かって昇華していくようなのでした。この映画を、創ってくれてありがとう。
監督:滝田洋二郎
脚本:小山薫堂
音楽:久石譲
出演:本木雅弘
末広涼子
山崎努
吉行和子
余貴美子
笹野高史
山田辰夫
杉本哲太