●最終回 「バーン・アフター・リーディング」


冒頭、衛星から見下ろす地表という映像で幕開け。これはいわゆる神の視線。あれよあれよと地面が近づき、ガクンと観客の視線の降り立つところはアメリカ中央情報局、CIAの廊下を闊歩する一人の男の靴底です。実はこの男「闊歩」できるのも今のうち、向かう先に待ち受けるのは、降格を言い渡そうと手はずを整える上司です。始めに「何か変だなこの映画」と思わせられたのは、この男が痛いところを突かれ追いつめられて取った行動。やおら立ち上がり両手を翼のように水平に広げて、何度もビンビン突き出しながら、上司を職場をCIAを汚い言葉でののしります。その格好は壁に飾った、低空飛行するステルス戦闘機の写真にそっくり。アメリカの威信を示す有名な写真、ホワイトハウスと最新鋭戦闘機。うっすらと可笑しい。でも、まだちょっと笑っていいものかどうか、世界情勢をわきまえて人類の行く末を心配しているというような、わたしの分別が邪魔をします。

そして、この男がつまりは逆切れして、自ら退職してしまったあと、昼日中からすることもなく、上質なシルクのガウンをはだけ長椅子に横たわる何とも惚けた姿を、真上からじっくりと眺める場面で、わたしの分別の呪縛はすーっと消えていきました。こんなにも脱力する空っぽな男、何も見ていない視線。凄い、凄く可笑しい!

しかしその可笑しさは一朝一夕に作られたものではありません。演じる俳優の、ジョン・マルコビッチの、老齢にさしかかった肉体そのものの可笑しさです。若い人が全身の力を抜いて横たわっていたとしたら、そこには何かまだ希望のようなもの、苦悩のようなもの、美しさのようなものが残ってしまうのじゃないかと想像します。この男はここまで生きてきて、上等な酒とガウンを手に入れて、いったい何を学んだのでしょう。本当は惚けている訳ではなく、暇に任せて自伝を書こうと沈思黙考する姿なんですが、自分自身などというものはもう何にも残っていないのだと、本人は気付かない。ちょっとドキッとさせられます。

監督はそれぞれのキャラクターを、演じる俳優をイメージして創っていったそうですが、それが間違いなくこの映画のキモであるとわたしは思います。彼らが築き上げてきたハリウッドのイキガミとしてのキャリアそのものが、なくてはならないファクターとして、それぞれのキャラクターの可笑しさや哀しさに深みをもたらしています。昔ならかつてのマリリン・モンローと同じように、セックス・シンボルと呼ばれたであろう二人、ブラッド・ピットとジョージ・クルーニー。見たこともないような可笑しさです。でもきっと、本人よりも本人らしいのではないかという気さえしてきます。人を脅す気で、「わたしは良きサマリア人である」と言うときの細めたブラピの目つき、「お前はいったい何者なんだ!」と叫んだときの、クルーニーの恐怖に歪んだ表情。すべてが可笑しい、可笑しいという以外言葉がないほどに、可笑しい。

さらに、この不思議なストーリーはいったい何なのでしょう。この映画は何を語っているのでしょうか。ミステリーであり、コメディであり、メロドラマであり、ノワールであり、そして同時にそのいずれでもない。シリアスなのか、おふざけなのか、リアルなのかシュールなのかも、解釈の分かれるところでしょう。人間の頭の中は妄想でいっぱいで、それがどんどん垂れ流れてくる。人生を変えたいから?自分に飽きたから?残り時間が少ないことを感じてジタバタしているだけ?しかし実際最もヤバいのは、妄想そのものではなく、大人を充分続けてきて、それなりに物事を遂行していく実力を身につけちゃってることじゃないでしょうか。そこらのヒヨッコとは訳が違う。それだけにその壊れっぷりが恐ろしいのです。

理解し合い協力し合っていると、言葉はちゃんと通じていると思っていたことこそが、実は妄想だったのだなどと、その孤独に気が付いちゃった大人達。壊すか壊れるかしかないのかもしれません。逸脱した個人が勝手な判断で、そして切羽詰まって、実力を発揮した結果、ミョウチキリンこんがらかってゆく出来事。それをまとめて収めようとするのは、神をも恐れぬCIAです。しかしCIAも人間です。自分たちが何をしているのか、その本質を見抜くことはありません。事件の報告を受けたCIA幹部が、現場を直接仕切った部下に尋ねます。「それで何を学んだのかね」と。部下の返事は「わかりません」です。この映画にテーマがあるとすれば、このあたりに潜んでいるのかもしれません。

とりわけ、この映画がわたしにとって痛快だったのは、最後に粘りに粘ったマクドーマンド演じるリンダ・リツキの望みが叶ったことです。リンダの望みは全身整形手術のための資金の調達でした。彼女は高笑いしたでしょうか?まるで親友みたいだった職場の同僚と、密かに自分を愛していた男性を失ってまで手に入れた大金です。もちろんリンダは失踪した隣人の身を案ずるでしょう。でもきっと、喜々として手術を受けるに違いありません。そしてちょっときれいになった彼女の、タフで楽しい人生はまだしばらくは続いていく、わたしはそう妄想するのです。

「バーン・アフター・リーディング」
2008年アメリカ映画
監督 コーエン兄弟
出演 フランシス・マクドーマンド、ジョン・マルコビッチ、
   ティルダ・スウィントン、ブラッド・ピット、
   ジョージ・クルーニー、


「映画乱爛」今回で最終回。長らくのご愛読ありがとうございました。わたしの日々を左右するわたしの妄想、そのことにシフトしてみたいと思います。もっと突っ込んでいきたいと思います。ではまた!再会!


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[2009/05/23]
最終回 「バーン・アフター・リーディング」
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「潜水服は蝶の夢を見る」
[2009/03/20]
「チェンジリング」
[2009/03/06]
「キャラメル」
[2009/02/21]
「ベンジャミン・バトンー数奇な人生ー」
[2009/02/21]
「ベンジャミン・バトンー数奇な人生ー」
[2009/02/06]
「マンマ・ミーア!」
[2009/01/24]
「プライド」
[2009/01/09]
「ハッピーフライト」
[2008/12/27]
「金寅大賞」
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