これ、タイトルがめちゃイケてます。桜、咲くらん、花魁、錯乱。更に、狂乱、そして、わからん。駄洒落を愛するわたくしから、これはもう「最高で賞」を授与!原作は安野モヨコの漫画「さくらん」。まだ第一部が単行本になったばかりなのに、もう映画化されてしまいました。まだ作品化していないのに、安野モヨコは第二部以降のプロットを映画製作者に渡してしまいました。これではまるで原作の青田刈りではないのか?なぜ?なぜそんなことを?
監督は長編映画初挑戦のフォトグラファー蜷川実花。独特ガーリーテイストでアート業界もファッション業界も席巻中の某有名お嬢様でございます。音楽はこれまた映画初挑戦の椎名林檎。独特ロックなシンガーソングライターとして音楽業界席巻中。主演は土屋アンナ。映画に舞台に踊り出る出る今をときめくトップモデルでございます。脚本までが、これまた女性映画監督として注目株のタナダユキ。こりゃー、いったいどうなってんの!?これだけ一流の女子を揃えて、新しいことにチャレンジさせて、それで何がどうなるってことなのん?わからん、わからん。あたくしは期待半分、頭痛半分で映画館へと行ってまいりました。
アカイ。とにかく。金魚も、布団も、腰巻も、提灯も、大門も、桜も、花魁も、飛び散る血液も。。なぜなら監督は「赤が好き」だから。監督は見つめている。土屋アンナを。激しく見つめている。「アンナが好き」だから。ちなみに、この極彩色の絢爛豪華たる美術監督をやってのけたのは、これもまた女子。岩城南海子。
映画館はけっこう満席。観客はほとんどが女子。これは、女子による女子のための女子の映画、なんだろうか。花魁は女の世界なんだろうか。
しかし、見よ。監督も原作も脚本も音楽も、すべてはスタッフにすぎない。この映画を企画し、スポンサーを口説き、金を集め、スタッフを選び、プロモーションを仕掛け、モヨコに書きかけの作品を差し出させ、実花にアンナの写真集を撮らせ、林檎に4年ぶりのアルバムを収録させ、観客に花魁コスプレ体験をさせ、映画館と本屋とCD屋とインターネットで同時多発的に「さくらん」現象を巻き起こさんと画策し、挙句の果てに金を儲けたのは(どう、儲かった?)、それは、プロデューサーズ。水も漏らさぬ、断固たる男子の集団。なのである。
うっひゃー!郭(くるわ)の構造そのまんまじゃん!
今や、わたしたちは「お嬢様」である。昔々の郭の女の残酷物語りを、軽快なロックのリズムに乗せ楽しみ、美人女優を揃えて、花魁着せ替え人形を愛で楽しみ、天高く金魚の生け簀を大門に飾り楽しむ。望むものは何だって手に入る。デパートに行けば買えるし、おねだりすれば与えてもらえる。真っ赤なもの、金ピカなもの、可愛いもの、美しいもの。悲しいもの、愛しいもの、楽しいもの、はかないもの。与えられる限りのものは何だって手に入る。こんなキレイな女の子のために作られた映画でさえ。
今どきのオンナは昔と違って、お楽しみいっぱいのステキなわくわく生活を送っているのよー!
わたしは映画を鑑賞しながら、こんなふうな生活をしている己に、何だか胸がちくちくしてきて、急に涙がこぼれそうになった。なぜかというと、土屋アンナみたいな美人を遠慮なく視姦する女監督の生活を、それをまた覗き見しているような気になってきたから。自分の好みのものを身の回りに揃えて飾って囲まれて、足の踏み場もないような気になってきたから。薔薇の花びらいっぱいのバスタブに漬け込まれ、自己愛に溺れているような気になってきたから。そういう気になることを仕組まれているという思いで胸が苦しくなってきたから。
映画のラストは主人公の花魁が好いた男とともに、すべてを捨てて、手に手を取って、未知の外界へ走り去る後ろ姿。行く手には視界いっぱいに咲き乱れる桜並木とどこまでも続く菜の花の原。もういい、もう何も与えてくれるな。好いた男も、桜のピンクも菜の花の黄色も。映画は終って、さて、外に出た。わたしはこれからどこへ行くべき?自由を手にする瞬間が、いったいこのわたしに訪れることがあるでしょうか。
スタッフの彼女たちはそれぞれ積んだキャリアを引っさげて、またぞろ頑張って活動中。映画界の構造が、などとは暇人のたわ言に過ぎないのかもしれない。なにがなんでもやっていくしかないじゃない。チャンスは活かしていくしかないじゃない。そういう女が名を挙げていくんだろう。「さくらん」は映画を取り巻く状況と作品の内容がばっちりリンクしちゃったことで、奇しくも、日本国女子の状況を描くことに成功した稀有な作品として、刃物で傷跡をつけるように、わっちの胸に、強い印象を残したのでありんした。それにしても、気になるのは、安野モヨコが漫画「さくらん」をどう着地させるのかということでありんす。心配でありんす。頑張ってほしいものでありんすわいな。では!
「さくらん」監督:蜷川実花 主演:土屋アンナ