東の蜷川実花とくれば、西のソフィア・コッポラ。このお二人は某有名お嬢様として、個性派実力の持ち主として、青年実業家として、ガーリー・カルチャー、ファッション・リーダーとして、多くの女子から支持され、今や東西の名横綱(?)と並び称される存在でございます。憧れるなあ、華やかなアーティスト生活!
「映画『マリー・アントワネット』は14億円かかったそうですが、やはりベルサイユ宮殿の賃借料とか、あの豪華な衣装とかにたいそうお金がかかったのでしょうね?」
という質問に、さらりと
「うーん、わたしは監督なので、何にいくらかかったかということは知らないです。プロデューサーに聞いてください」
とお答えになったソフィア。憧れるなあ、お金のこと気にしない作品づくり!
でもまあ、これはポーズだろうね。お金のこと知らないで監督できるわっきゃないよね。
ポーズといえば、ソフィア・コッポラ、いつでもラフなティーシャツスタイル。JポップミュージシャンTV歌番出演中か、と思わせるような蜷川実花ファッションとは方針がだいぶ違うようです。トップランナーな実花。かたやアンニュイなソフィア。そしてマリー・アントワネットもおみ足のお手入れをさせながら、気だるそうに、カウチに横たわっておられましたっけ。
幼少期、池田理代子の漫画「ベルサイユのばら」を読みふけっていた世代のわたしにとって、マリー・アントワネットとガーリー・カルチャーの出会いはあまりに当然。むしろクラシック、伝統美の世界。「誰も知らない、誰も知ろうとしなかったマリーの心の軌跡」と映画のコピーにありますが、「いいえ、あたしは知っている。この胸の奥にしっかりと刻み込まれている。そのときマリーがなんと言ったのか、すべてそらんじることができる」くらいの確信を拭うことはできません。映画の一本や二本観たからって、「ベルばら」で確立されたマリー・アントワネット像が変わるはずはないんです。ああ、三つ子の魂百までよ。映画を観ながら、「どうしてオスカルが出てこないのかな?」と、考えている自分にふと気付き、おっとっと。
だけど、嬉しかった。映画になるってことはやはり嬉しかった。別に「ベルばら」が原作なんじゃありませんが、そうなんです!マリーが悪いんじゃないんですよ。マリーは立派な王妃だったんです。立派なガールだったんです!って、わたしは心の中で声を上げました。マリーは立派にガールをまっとうしたんです。よよよよよ。
例えば、
「パンがなければお菓子を食べればいいじゃないって王妃が言ったと書いてあるわ」
「あら、わたしそんなこと言ってないわよー。うふふ」
という会話。
例えば、側近との会議の席で、周りに促されるまま大した考えも無く、アメリカの独立戦争への出費や軍事費の増大を命ずる、頼りない王様としてのルイ16世。
映画のそこかしこに挟み込まれたちょっとしたエピソードで、ソフィア・コッポラは、フランス・ブルボン王朝が歴史に見放されたのは、王妃の浪費が原因ではないよ、戦争にお金をつぎ込んだ結果なんだよというメッセージを匂わせてくる。それはでも、かすかな匂い。色とりどりのドレスやお菓子の甘い香が損なわれない程度の。ガーリーな世界が崩れない程度の、ほんのりと香るジンジャー・スパイスのように。
いよいよマリーがベルサイユ宮殿を去るときに、お馬車の窓から、夕日に染まった宮殿の庭を眺めている。「何を見ているの?」と問う夫に「さよならを言っているのよ」と答えるマリー。その時はまだ、もう二度とここには戻れない、ということを知る由もないのですが。わたしはこの落日のシーンが好き。人っ子ひとりいない静かな空っぽの空間。パースペクティブで人工的な風景。
そしてこんなふうに空想してみる。
ベルサイユ宮殿をロケハンに訪れたソフィア・コッポラは一日かけて広大な宮殿の敷地をうろうろする。マリーのことや、自分のことや、仕事のことや、家族のことや、歴史のことや、伝説の女性のことや、好きなことや、大切なことや、言いたいことやらをぼちぼち考えながら、一人で思索のときを過ごす。やがて夕暮れ。そろそろ帰ろうか。プチ・トリアノンの方から戻ってきたソフィアは宮殿への階段を上りながら、ふと振り返える。輝く夕日が美しい。ソフィアは階段に腰掛けて、沈む夕日をじっくりと眺めることにした。マリーが生きてこれを見ていたのは、もう二百何十年も前なのね、なんだか泣けてきちゃう。ソフィアの目に涙。やがて夜の帳が降りてくる。
なんで、そこでソフィア・コッポラが泣いたかも、と思うかというと、実はわたしがそのシーンで泣いちまったからです。映画の中のマリーは泣きやしません、むしろうっすらと微笑んでいます。それにこの映画観て泣く人はあんまりいないと思います。わたしはどうして泣いたのか?いったいぜんたい何なのでしょうか?とっくに、ガーリーな世界にさよならしていた自分が悲しくて、つい、泣いちまったのかもしれませんや。
ああ無常。
「マリー・アントワネット」監督:ソフィア・コッポラ