●「嫌われ松子の一生」

 わたし的に、「観てはいけない映画ベスト・スリー」というのがあります。そんなことは観なけりゃわかりませんでした。だから正確に言えば、「観てはいけなかった映画」ということですが。ああ、観てはいけない!観てはいけなかった!観なけりゃよかった!キズついちゃった!どーしてくれるのぉ、とまあ、そういうことです。

 その危険な映画は何か。発表します、じゃじゃーん!筆頭に挙げさせていただきますのは「奇跡の海」です。そして「ミリオンダラー・ベイビー」と「嫌われ松子の一生」。なぜ、とお聞きになりますかな?なぜなら、それは「女殺し」だから。他に女を殺す映画なんて山ほどあります。というか、「女殺してなんぼのもんじゃい」が映画世界といっても過言ではない。けれどもわたし的にはこの三つがどうしても忘れられない。

 この三本はそれぞれ大変に評価の高い作品です。「奇跡の海」96年カンヌ映画祭審査員特別賞、全米批評家協会賞を始め数々の賞を受賞。「ミリオンダラー・ベイビー」第77回アカデミー賞において作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞を受賞。「嫌われ松子の一生」第30回日本アカデミー賞主演女優賞受賞。ベスト・スリーのベスト・スリーたる由縁です。

純真な女、一途な女、無垢を希求しドロにまみれる女、自らを生け贄のように、男のために(ここがポイント!)差し出すそんな女。描かれているのはそう、まるで「夢」のような女たち。特に松子は夢度高いです。映画全体の映像がめちゃ美しい。主演女優中谷美紀のお肌はピカピカつるつる、本当に美しい。たくさんの個性派俳優が登場してきて、ストーリーは目まぐるしく展開して、ミュージカル風であり、アニメ風であり、特撮やCGも存分に楽しめます。いや〜、正直、「日本映画もここまできました」と感慨を覚えたりもする。そして確かに、中谷美紀、がんばってます。気概のようなものがひしひしと伝わってきます。だからなおさら、この映画のファンになるのかどうか、そこには暗くて、どーん深ーい川、いや、クレバスが横たわる。わたしはその暗いクレバスの底を見定めることに気をとられ、もはや映画の出来なんて、目に入らなくなってしまったのでありました。

松子は男に、男への愛情に人生を託し続けたなれの果て、無残にも、男子中学生に河原で殴り殺されこの世を去ります。あまりにあっけなく、痛ましくみすぼらしい。語り部として登場している松子の甥の男子大学生がつぶやきます、
「最期までとことん不器用でとことん不幸だったこの人うんぬん。人を笑わせ、人を元気付け、人を愛し、だけど自分はいつもボロボロに傷つきかんぬん。そんな徹底的にドンクサイ松子おばさんのような人が神様だったら、オレはその神様を信じてもいいと思う。」なんてことを。

 わたしは映画の中へとトランスポートして、この青年に説経を垂れたかった。
「松子おばさんは、人を笑わせていたのでない。人(男)が松子をわらっていたのだ。松子おばさんは人を元気付けていたのではない、人(男)が松子を搾取していたのだ。松子おばさんは人を愛したのではない、松子は自分を愛せなかったのだ。松子は依存症だったのに、誰も松子を助けられなかった。そのことをこそ思いなさい。自分の面倒一つまともにみられないような君が、松子おばさんを神様呼ばわりするなんてちゃんちゃら可笑しい。もし今君の目の前に生前の松子おばさんが現れたら、君はどうする?搾取するほど悪人でなく、バットで撲殺するほど幼くもないのなら、きっと君は見て見ぬ振りでもするのだろうか。ついでに、もうひとこと言っときたい。ここは映画の世界だから、君が知らなくてもしかたないけど、現実の女は松子みたいにバカじゃない。自分の生きる術くらいちゃんと自分で持っている。男を愛することを止めた途端に、ぶくぶく太ったりはしないものだよ。以上、肝に銘じておきたまえ」

 映画のラストはめくるめく回想シーンだ。低空飛行するカメラの視線が、空中をすいすい泳ぐように川面の光を追いかけていく。若く美しかった松子、幼く可愛らしかった松子、団欒する家族、合唱する女子学生、うーん気持ちいい!何もかも水に流して!どうしようもなく駄目人間だったかつての松子の男たちも勢揃い、みんなで楽しく同じ歌を歌おう。人生って感動だねー。

ちょっと待ったぁ!そこんとこ、耐えられない。どうしてあいつら(松子の男たち)までもが、いっしょになって充足してるんですか?この映画のテーマはひょっとして「家出娘に明日はないっ」ですか?

「お姉ちゃん、お帰り」
天国へ続く階段の上から、夭折した妹が松子に手を差し伸べている。松子が殺したも同然の穢れなき少女。すべてを許したもう聖少女。松子と妹の合体でこの映画は完結する。

「嫌われ松子の一生」は女性性の物語りであり、神性の物語になり得てはいない。それで最後に両者をつなげようというところに、この映画の見せる「夢」が、実はどんなに冷血なものかを、わたしは観たんだと思う。女は神様ではなく、人間です。


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