この映画をわたしは「女子のボクシングによる世界秩序のちょっとした打開」の話かと思い、つまり勘違いして観にいきました。グラブをかまえるヒラリー・スワンクの鋭い視線が「だってあたしの方が強いんだから」と、恋人を打ち負かした「ガールファイト」を彷彿とさせましたし。
ところが映画の主人公はどう見てもクリント・イーストウッド演じるところの初老のトレーナーでした。物語のキーパーソンはこのトレーナーともう一人、モーガン・フリーマン演じるところの雑役係り、夫婦のように対になったこの二人の男たちでした。そこにある日ベイビーがやってきて、女のくせにボクシングをしたいとほざきやがったところから物語は始まります。「ミリオンダラーベイビー」という名のラブコメディが過去に数本あったらしく、このタイトルはそのへん(女のくせに)も意識してのことでしょう。さて、ベイビーは(女のくせに)ハングリーで、(女のくせに)ヘビーパンチャーで、(女のくせに)めっぽう強かった。しかし、途中はしょりますが、結果としてこの物語は悲劇。試合中の怪我がもとで寝たきりになったベイビーは絶望し、舌をかんで死のうとする(驚愕!)だから仕方なく(更に驚愕!)トレーナーはベイビーを死なせてあげて(最大級驚愕!!)、彼もまた絶望をかかえながら立ち去って行く。。。。。Oh! No!
「がっくり」観終わった直後のわたしの感想です。
「意味がわからない」見終わってしばらくしてからの回想です。
「武士の情け?」ついこの前、もう一度観たときのひらめきです。
そこでわたしはベイビーの死を考察するべく、クリント・イーストウッド監督の最新戦争映画を観てみることにしたのです。言わずと知れた「硫黄島からの手紙」「父親たちの星条旗」。特に「父親たちの?」はタイトルからしてあたしを拒絶してるんで、こんな目的でもなけりゃ観ることもなかったはず。戦争映画はとにかく人がたくさん死にます。しかもいろんなパターン目白押し。監督の死生観をいやが上にも饒舌に語るものなのでありました。
ところで、クリントのテーマと言えばやはりヒーロー。あれだけ長年ヒーローを演じてきた彼の人生はヒーロー神話そのものと、きっと自分でも思っているに違いありません。もうあとは、時代的にも年齢的にもヒーローはいかに死すべきか、ということの模索、これが彼に残されたプロフェッショナルとしての最後の大仕事と、きっとそう思っているに違いありません。今は昔クリントが若かりし頃、ハリウッドの創りだすヒーローイメージは単純でした。長身で正義の味方でガン捌きが上手くて女にもててりゃよかった。今や世の中はハリウッド的にも知らんぷりのできない複雑さ。男女同権だ、被害だ加害だ、植民地だ帝国だ、グローバル経済だ、インターネットだ、ゲイだレズビアンだ、人種だ、宗教だ、環境破壊だ。も?、こんな面倒くさい世界に一本気なヒーローが生き残るにはどうすりゃいいの!ってクリントも随分悩んだことでしょう。「父親たちの星条旗」の中で、「真のヒーローは戦地で死んでいった仲間たちです」という台詞が何度も繰り返される。ヒーローたるもの生き残ってはだめなのだ、こんな穢れちまった世の中に。
「硫黄島からの手紙」は追い詰められた男たちの、それぞれの最期を謳いあげるバラード。クリントはいったいどんな死を称えているでしょうか。どうやら手榴弾(自爆)は駄目だけれど銃(自決)はいいみたいです。登場人物の中で一番監督が思い入れているらしいのは、渡辺謙演じるところの栗林中将。だって観ているうちに謙さんの禿げ広がったおでこの具合がだんだんクリントのおでこに見えてきちゃう、というくらいです。その栗林中将の最期はご立派です。とことんがんばりきった、辞世も残した、部下に指示も与えた、身なりも整えた、致命傷も負った、できれば刀でサムライらしく逝きたかったけれど、まあいいや、せめて敵には遺体を渡すな。みたいな。ああ、そうだったのか。わたしはようやくベイビーの死が腑に落ちたのでした。
クリントは彼なりに、ヒーローながらも、「新しき女」に対峙しようとしたみたいです。それって無理エヨ。しかしそこはさすがにクリント先輩、裏の裏をかく手練手管。ベイビーを男並に扱うことで、しかも最上級のヒーローとして扱うことで、「オレサマの愛」を見せつけようとしたみたいです。いや、「愛のオレサマ」か?勝手に「モ・クシュラ」という呼び名を与え、しかも意味を教えないところなんかは、いかにも男らしい。ようこそ新しき女よされどベイビーよ、オレの築きあげたこのヒーローという高貴なプレゼントを受け取っておくれ、君は永遠に輝きつづけるのだから、世界を変えようなんて苦労をしなくてもいいんだぜい。なんてラッキーなオレのベイビー、心から愛しているよ。苦しみはこのオレに任せなさい。なぜならそれがモノホンのヒーローだからさ。つまりオレがよ。
おかげさまでいろいろ考えさせていただきました。侮れません、クリント爺さん。なかなか奥の深いお方です。