●「あるスキャンダルの覚え書き」

映画館に貼られたポスターを目にしたとき、思わず「おお!」と声をあげてしまいました。背景のない白い紙面に二人の女。シンプルかつ印象的です。これはもしかするとケイト・ブランシェットではないのか。しかし、こんな、どこを見ているかもわからない夢見るような瞳のブランシェットって、いったい何者?謎めいていて、かえって底知れず恐ろしい気がする。そしてもう一人の、背後から食い入るような視線を送っている、この黒服の婆さんはジュディ・デンチだけど、いったい二人はどんな関係?ブランシェットが「スキャンダル」で、デンチが「覚え書き」であることはなんとなくわかるけれども。そしてこの構図からは、デンチの存在がブランシェットの影のようにも見えてくるけど。

ブランシェット演じるシーバは新任の美術講師。ブルジョア育ちで、相続したお屋敷、専用の陶芸アトリエ、父親ほど年の離れた夫、子供二人、などを所有しています。一方デンチ演じるバーバラは、どんな騒がしい生徒をも見事に御する、初老の厳格なベテラン教師。アパートのグランドフロアに猫一匹と同居しています。あとは書き溜めた「覚え書き」数十冊。わたしは思わず人生ゲームを想像してしまいました。車に人とお荷物満載で助手席に収まるシーバと、車もないので、人を表すピン一本だけで駒をすすめるバーバラと。

あなたの周りにこんな婆さんいませんか?人に馴染まず、皮肉屋で、やけにプライドが高く、独善的で、我が強く、容易に内面を見せないくせに、何かの拍子に急に激しく自己主張する、そんな婆さん。そうそう、いるいる、独り暮らしが身に沁みついた婆さんっているよねー。あんまり関わりたくないねー。怖いし、キレイなもんじゃないし、つまんないし。あたしも独り者だけどさ、ああは成りたくないものよ。あんなふうに見られるのはいやだねー。あれっ?もしかして、そう見られるのがいやなのであって、その実、内心そんなふうなの?あたしってもしかしてバーバラ?うひゃー!だけど、実際そうかもしれない!

妄想証言その1「バーバラについて」:
熱い湯につかるときも、彼女は身を硬くしてまっすぐバスタブに横たわります。その身体はまるで誰にも愛されたことがないと語っているようです。わたしの言いたいのは、男に愛されたことがないという意味ではなく、バーバラ自身が自分にからだを許していないのではないかということです。彼女はからだを鎧か何かと思っています。バーバラは彼女の愛の主体と言うべきものを守り通すために、からだの奥底に幽閉してしまったのではないでしょうか。暗闇に置き去りにしているのではないでしょうか。

妄想証言その2「シーバについて」:
あのトロンとした目は節穴です。妄想の窓です。でなければ、内側に向いているのです。シーバは傍からみると恵まれているようですけれど、何一つ自分でやり遂げたことがないとか、本当には評価されたことがないとか、満たされない気持ちを抱えていて、自分は寂しい境遇にあると思っています。シーバの愛はまるで、溶けてしたたるアイスクリームみたいです。受け止める器がなければどうなるなんて、考えたこともないでしょう。

妄想証言その3「スキャンダルの真実」:
ある日とうとう、シーバがバーバラの部屋から飛び出して、大声で叫ぶシーンがあります。待ち構えていた記者たちは容赦なくフラッシュをあびせ、悪辣な言葉を投げつけます。誰もシーバが何をしているのかなんて見ちゃいません。彼女としては、ぶち切れついでとは言え、生まれて初めて誰の助けも借りずに、雄雄しく現実に立ち向かっているところだというのに。彼女が彼女自身の英雄になることはないのです。正義は遠く離れた人々の抱く妄想にあり。

この映画はバーバラをちょっとした異常人格者として描いていて、そこが大きな醍醐味にもなっています。わたしとしては、なんだか腑に落ちない。バーバラはシーバの秘密を握ったことでシーバの心理や状況をコントロールしようとするおっかない化け物、ということになっています。けれどバーバラの「覚え書き」は、自分のために自分の物語を紡いだに過ぎず、バーバラの愛情はその向け方が強烈すぎるというのか、少し下手くそであるに過ぎないんじゃないか。そんなバーバラを怖いと感じるのは、自分の抱えている愛情問題を見せつけられてしまうからでしょうか。それとも、社会や個人の意識の中に潜むミソジニーや同性愛的なものへの嫌悪を、浮き彫りにしてしまうからなのでしょうか。

わたしはバーバラである。
どんなに人々に醜悪に見えようと、孤独な女に思われようと、嫌われようと、
バーバラみたいに動じない。
バーバラみたいに、自分自身でいることを諦めない。

今回は、最後にそうつぶやいて終ろうと思います。

*追伸:カタログ買って帰ったんですけどー、一つ言いたいことありー!英語でしゃべってる女優の話し言葉を、「?なの」とか「?わ」とか「?よ」などと表記するのは、ダサいを通り越して、気持ち悪りぃ!それこそ、とんだ妄想なの。普通の話し言葉に訳して欲しいわ、お願いよ。

製作年 2006年
製作国 イギリス
原題 NOTES ON A SCANDAL
公開日 2007-06-02〜 公開中
監督 リチャード・エア


INDEX
[2008/12/27]
「金寅大賞」
[2008/12/14]
「エンジェル」
[2008/11/28]
『つぐない』
[2008/11/14]
「ハンサム★スーツ」
[2008/10/26]
「やわらかい手」
[2008/10/11]
「おくりびと」
[2008/09/26]
「セックス・アンド・ザ・シティ」
[2008/09/12]
「グーグーだって猫である」
[2008/08/29]
「崖の上のポニョ」
[2008/08/01]
「ブリッジ」
これより前のコラムを見る
▼コラム一覧へ戻る  ▲topへ