●「選挙」

なんたって、笑える映画でした。観ているあいだ、なんど手を叩いて大喜びしたことか。別にウケ狙いの映画じゃないし、ふざける人は誰も出てこないし。それどころか、人々が大真面目なら大真面目なほど可笑しさはますます募ってしまう、そんな類のおもしろさ。この映画はタイトル通り、ある候補者の選挙活動を密着取材した、ただそれだけのドキュメンタリーです。音楽もナレーションもなく、映画の完成度を紡ぎだしているのは、監督のカメラワークと編集センスのみ。初めての長編、なんと自費、しかも撮影・録音から編集まで全部をひとりでこなした想田和弘監督は、これを「観察映画」と呼んでいます。ドキュメンタリーの真髄はそのメッセージ性にあると、この映画ではあえてそこを封印し、観察することに徹していると、つまりはそういうことらしいです。

街頭に貼られた自分のポスターをポケットカメラでパチリ。何やっとんじゃ?この映画の主人公、山さん曰く、「自分の顔がこれだけ貼られることはそうそうないですから」

山さんこと山内和彦は、小泉劇場時代の落下傘候補として川崎市議の補欠選挙に立候補してしまったしがない切手コイン商。しがないけれども東大出。山さんも映画の中で言ってます。「東大出だとそれで通っちゃうんだよね」ホント、まさにね。この映画、こんな感じのニッポンの「常識」が随所で学べます。わたしはつくづく考えました。ああ、「日本人で良くなかった」と。なぜなら、日本の国に対して無知だったら、日本の国に対して何の責任もなかったら、もっともっとこの映画を楽しめただろうに!と悔しく思うから。

体操着にピンクや黄色の帽子を被って、整列させられて、誰だかわからないおじさんの、何だかわからないご挨拶を聞かされて、ぐねぐねしている幼稚園児のみなさん。せっかくの運動会だっちゅーのにね。でも、がまんがまん。そのおじさんは自民党の県会議員さんだからさ。

政治の世界では妻ではなく家内と呼ばなくちゃ駄目!だって妻にすると、「え?、これがウチの家内です。丁寧にいえば、おっかないですか。はっはっはっ」という駄洒落が言えなくなっちゃう。駄洒落で一票入るかもしれないし。呼称問題は大切です。

政治の世界にも島あり。島から外れちゃ、同じ党内の候補者といえども、おいそれと紹介することはできない。そんなことそれこそ常識、ヤクザから自民党まで。

山さんは、こんなふうな理不尽とも思える「政治の世界」に、自ら首を突っ込んだとは言え、気の毒なくらい揉みくちゃにされていきます。くたくたになって、笑顔がだんだん腐っていきます。自民党と山さんの噛み合わなさ、そこがまた、この映画の価値を高めている、とわたしは思うのです。彼は稀有な、まったく稀有なそして素晴らしいパフォーマンス・アーティストです。素晴らしい政治家、あるいは素晴らしい市議会議員かどうか、わたしにはわかりませんが。でも、山さんはそのとき自民党に必要だった。そして課された役割をまっとうした。更にこんな映画ができちゃった。時代が山さんを必要としたのでしょうか、自民党の体質自体が問われた今回の参院選、その真っ最中に奇しくもこの映画が上映されるとは!実に意味深長です。

さて、昔々のうろ覚えなる記憶。たぶん、初めて大統領選に立候補したアルベルト・フヒモリに関するドキュメンタリー番組。首都から遠く離れた辺境の地から、インディオの長老が徒歩でやってくる。埃にまみれた服をまとい険しい目をして、「ここはフヒモリの事務所か?ウチの村では全員フヒモリに投票する。フヒモリに、お前を信ずると伝えてくれ」それだけ告げると踵を返して、再び荒野へと立ち去っていく。ほんの数分の滞在時間。腰を降ろすこともなく。「彼は三日三晩歩きつづけて来たといふ」というナレーションがうしろ姿を見送ります。言うまでもなく、それを見ていたわたしの感涙はちょちょ切れました。なんという本気度!たかだか投票のために!選挙のたびにこの長老の姿を思い出しては、投票行為の重さを自分に問うていたわたしですが、このたび映画「選挙」を観て、いかにも南米文学にありそうなこのシーンの意味するところが少し変わってしまいました。

要するにです、長老は票の取りまとめをしたということです。体張ってたから、なんだか立派なように、正しいように、美しいように見えたけど。映画「選挙」的センスで考え直してみると、それは何でも長老に従う封建的なやり口であって、匿名で一票を投ずることの意味とはちょいと違うのでは?ひょっとして面白いのでは?それから何年も後のことですが、長老の支持したフヒモリは結局あんなことになっちゃって、挙句の果てに日本の参議院選挙に立候補しちゃたりして、何だかもう、何がなんだか。その政権在位期間、フヒモリ20年、自民党60年。人間は騙されやすく、そして馴れやすく。

常識が覆されたとき、人はショックで笑うそうです。この映画は何の解釈も押しつけようとせず、すべての判断を観客に委ねています。だからこそ、心から笑ってしまう。何よりも観客を、人々を、信頼しますと、結局はそれがこの映画の持つメッセージ性なのかもしれません。


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