西と魔女とくればそれは「オズの魔法使い」。東西南北の魔女がでてくるが、そのうち西と東は悪い魔女とされている。しかしこの映画「西の魔女が死んだ」の西の魔女は特に悪い魔女ということはない。そもそも魔女は自分で何でもできるのだし、自分で何でも決めるのだから、人に対して良いのか悪いのか、それは魔女の与り知らぬところではないだろうか。魔女とは単に女の魔法使いというよりも、性別を超えて魔女であり(男の魔女もいるという)、ジェンダーの垣根を揺るがす衝撃的なものだったりもする。真っ先に思い浮かぶのはジャンヌ・ダルク。聖少女と言われ、救世主と呼ばれ、女将軍であったものが、宗教裁判にかけられ火刑に処され、およそ500年後、今度は聖人に列せられた。なんという魔女。魔法も使っていないのに。一口に魔女と言っても、今ではいろいろな系譜があって、恐ろしいものから、立派なもの、滑稽なものから、可愛らしいものまでさまざま。ほうきに乗って空を飛ぶものあり、大きなかぎ鼻に黒服のものあり、医術に長けるものあり、占いを得意とするものあり、予言者あり、誘惑的なものあり、長寿あり、少女あり、奥様あり、テクマクマヤコンあり、エコエコエザラクあり。善くも悪くも人々の想像力をむやみにかき立てる存在だ。ただ魔女は悪魔や魔法使いよりも地位が低く、言わば民間療法士のようなもので、国家資格を有する医師が表なら、魔女は裏街道の存在だ。「ゲド戦記」でもそのような設定であった。女という字を有する意味はそこだろう。女流とは二流、またここでも。しかしだからこそ、アウトサイダーとしてのマジカルパワーを内に秘めた、言い換え不能の特別な存在であるのだろう。魔女よ永遠なれ。
この映画でイメージされている魔女は、ジャンヌ・ダルクのような革命の志士ではなく、日常に潜む知恵者、ある意味正統派。山で女ひとりエコ生活、テリトリーを知り尽くし、薬草や草木の名前、効用に詳しく、その生活ぶりは揺るぎなく、安定した精神、静かな微笑み。ウツシヨで人間関係に挫折した少女がちょっと休憩、田舎暮らしの祖母の家にやってくる。そこで英国人である祖母のそのまた祖母の不思議な話に魅せられて、知恵者の祖母に乗せられて、魔女修行という名の心安らぐ日常を体験するという話。原作は100万部のロングセラー、同名の梨木香歩の児童小説だ。たまたま原作を読んでいたけれど、映画を見た後もう一度読み返してみた。たちまち映画がふっとんだ。初めて読んだときには気づかなかった一言一言の厚みが胸にじわっと染み渡ってくる。淡々とした文体のために見過ごしていたそれぞれの人物の抱えている、大切にしている、何か苦しみのようなものへの共感がこみ上げてくる。気がつくと、いつも世の中斜に構えているような不良のわたしが、ずいぶん素直にこの小説の深い善良さに心動かされている。いやいやなんだかちょっと恥ずかしいくらい。それでまた、映画のパンフレットを開いて、それぞれのカットに目を凝らしてみる。すると今度は、ふっとんだはずの映画が、まるで自分自身の懐かしい思い出でもあるかのように、そよ吹く風や花の香りとともに鮮やかさを増してよみがえってきた。俳優の表情ひとつひとつがとても大切な瞬間なのだと思えてくる。ほおー。こういう体験は珍しい。こういう原作と映画の相乗効果を、今まで他の作品では味わったことがないと思う。もう一度映画を見たらどうだろう。きっともっとダイレクトに感じるに違いない。監督がここで何を表そうとしたのか、俳優がここで何を表現しようとしたのか、カメラが何を写そうとしたのか。なんだかベタ褒めモードに入ってますが、これは映画のできが素晴らしいからというよりも、たぶん、作品世界に引き込まれたわたしが、心ならずも「心穏やかな人」モードに入ってしまったからだと思います。良き人は人を褒めるものなのだな。
映画はほぼ原作に忠実。台詞や手順やちょっとした背景までイメージ通りに再現されている。それだけ監督が原作を大切にしているということが伝わってくる。ただ一人、原作にはない登場人物がいて、バイクでときどきやってくる郵便配達のおじさんなのだが、監督はなぜこの人物を挿入したのだろうか。おじさんは、郵便屋さんになりたいとかサッカー選手になりたいとか言う息子のことを喜々として話していくような、気さくで剽軽な人物。つまり普通に俗っぽい。或いは子煩悩なお父さん。もしこの人物がいなかったなら映画の印象はどのように違ってくるだろうか。おそらくはより祖母と少女の関係性が強調され、祖母の家のサンクチュアリーとしての密度が増したように思う。原作ではこの祖母が本当に魔女であって、「魔女修行」とは本当に魔女修行の初段階であるのかも、というスリリングな期待感が漂っているが、映画ではどちらかというと、登校拒否から立ち直る中学生や、再生される家族や、親子の葛藤などの現実問題にシフトしているのだろうか。さらに印象の薄い父親像をこれで補っているのだろうか。
「西の魔女が死んだ」
2008年 日本映画
原作 梨木香歩「西の魔女が死んだ」
監督 長崎俊一
出演 おばあちゃん サチ・パーカー
まい 高橋真悠
ママ りょう
郵便屋さん 高橋克実
ゲンジ 木村祐一
パパ 大森南朋