●「セックス・アンド・ザ・シティ」

ラブピ・コラム内においてさえ、って言うか、ラブピ・コラムだからなおさらでしょうね、そりゃあ。「SATC」コールがホーイホーイとこだましております。季節はもはや秋ですが、鶯の谷渡りのようです。「SATC」感覚みたいなものが各地各所で奮闘中の女たちの間を伝播して、性に対して生に対してそれぞれのこだわりをほぐしていったらいいのになーって願わずにはおられません。

このたび晴れて映画化されたわけですが、元々はおよそ6年間に渡るTVシリーズドラマで、6シーズン全94話の大作です。その物語の厚みが一話簡潔の映画版にしっかりと反映されていました。ストーリー上では紆余曲折の末、主人公キャリーがハレの日を迎えるところですけれど、そのハレ感はまた、この物語製作過程全体の成就を言祝ぐセレブレーションのようでもあり、結婚やら結婚式やらを不思議なものとして遠い目で眺めていたわたしでさえが、快感に目眩しながら成り行きに巻き込まれ、そして一気にガツンと。まあ、なんてお上手なんでしょうか、もうすっかりやられてしまいました。この感覚こそがセックス?いまだご覧になっていない方、どうぞ映画館に足を運んでじかに味わって下さいまし。

この映画、いえ、この物語に関しては本当にいろいろなことを考えました。94話の一つ一つの中に触発されることがいくつもあって、仮に平均10個ずつとして単純計算したら、言いたいことは940個。映画も含めてエピソードのからみで増殖していくとすれば、それはもう数えきれない。いつもならキモだのツボだのと、「一番のポイントは何々」という視点で語ろうとするのですけど、この物語はそうはいかない。ディテールにこそ意味があるような気がします。それぞれのエピソードへの感じ方の違いをたくさんの人と語り合ってこそ、この物語は生きてくるってものじゃないでしょうか。

で、ここでわたしが選んだのはサマンサ。性生活には別々の意味でそれぞれ一本筋の通った4人のメインキャラクターの中でも特に筋金入り。まるでセックス戦士のような果敢な人物と言えましょう。サマンサはペニスが大好き。理想のペニスを求めて男を、というよりはペニスを日夜とっかえひっかえ。だからと言って男なしでは夜も日も明けぬということでは全然ない。サマンサにとって一番大切なのは3人の親友たちと、そして自分自身。自分が自由に振る舞えばそれで傷付く人だって出てくるとか、そんなやり方は世間が許さないとか、そういったことでしっぺ返しを食らったり、大損したり、大恥かいたり。この人に出会うまでわたしは「セックスにおいて挿入にこだわるのはナンセンス」という言説をほぼ信じていました。それは今でも変わりません。だけどサマンサのこの爽快感は人の言うことには耳を貸さないところにあると思う。つまり元々「セックスとは挿入のこと」という言説をすら聞いちゃいないだろうって思います。サマンサは言わばペニス好きの変態なんです。変態って己のセックスに邁進する人への称号なのかなって気にすらさせてくれます。あっぱれです。

そんなサマンサがシーズン6で乳がんにかかります。セックス戦士の武器である金髪はハゲ落ちて、治療のために女性ホルモンを激減させられることですっかり更年期障害に突入してしまいます。患者のサポート集会でスピーチを頼まれ、始めはいつもの彼女らしくもない優等生的にまとめたようなものを読み上げています。が、突然に更年期障害「ほてり」が彼女を襲います。わっと吹き出す汗で化粧は乱れ、カツラが暑いです。壇上で彼女はカツラをとって「ふー」と一息。もしわたしがその場に遭遇したら、やはり驚かずにはいられないでしょう。わたしのように同じく乳がんの治療でハゲても、元々化粧っけなしの短髪で、印象としてあまり変わらないようなキャラが無毛で壇上に立とうとも、それほどのインパクトはないように思います。しかしサマンサはいわゆる美人の格好をしていたのです。見る人にとってそれは堪え難いひっくり返りなのだろうと思います。サマンサの行動に共感して、会場のあちこちで同じ立場の女性が次々カツラをとって立ち上がります。世の中全般すぐに変わらなくたってしょうがない、その時どきで勇気を分け合い与え合うことができれば、それでもう一歩がんばれるじゃん。すっかり毛も生え戻った今更ながら、乳がん患者として励まされ、胸に熱いものがこみ上げました。日本のがんもののドラマを観てこんな気持ちを味わったことなんてありゃーしません。

愛だの恋だのセックスだのの話を通して、これほど女の人生を深く広く力強く描いたものが他にあっただろうか、とわたしは感慨に耽りました。バラエティに富んだ筋立て、洒脱な会話、クールな批判精神とユーモア、華やかな衣装、エンターテイメント、スキャンダル、立身出世、憧れ、嫉妬、社会性だの、時代性だの、人と人との絆だの。そして何より未完の人間、ベイビーなエモーション。ああっ!ありました。それは「源氏物語」。今や世界の名古典である「源氏物語」ですが、当時の読者、一千年前の女官たちにしてみたら、それはきっと「セックス・アンド・ザ・シティ」であったに違いないと思うのです。


INDEX
[2008/11/14]
「ハンサム★スーツ」
[2008/10/26]
「やわらかい手」
[2008/10/11]
「おくりびと」
[2008/09/26]
「セックス・アンド・ザ・シティ」
[2008/09/12]
「グーグーだって猫である」
[2008/08/29]
「崖の上のポニョ」
[2008/08/01]
「ブリッジ」
[2008/07/04]
「西の魔女が死んだ」
[2008/06/21]
ジュノ/JUNO
[2008/06/09]
「ミス・ポター」
これより前のコラムを見る
▼コラム一覧へ戻る  ▲topへ