主人公イリーナを演じたのはマリアンヌ・フェイスフル。この人は1960年代後半、セックス・アイコンと呼ばれた存在であったそうです。アイドルなロック歌手であり、ミック・ジャガー(真っ赤な大唇とベロのあのアイコンですね)の恋人であり、世界的に一世を風靡していたようです。
この映画はDVDを借りてきて見ました。スタートさせると他の多くの映画DVDと同じように、本編が始まる前に新作映画のプロモーションが何本も続くことになります。もう慣れっこです。早送りしながら、さっさと流してすませることにいたしましょう、と思ったのですが、おや?何?これ新作?じゃないよね、古いよね。ハクイ姉ちゃんが、黒皮のツナギにノーヘル、金髪(白黒映画なので想像ですが)をなびかせバイクにライドオン。その名も「Girl on a Motorcycle」。いちゃいちゃと男女の愛を交わしているのは、あの相手役はアラン・ドロン?ってことで、しっかり目が釘付けに。もう一度戻して再生してみたり。後で知ったのですが、この映画は1968年イギリス=フランス作成で、日本でも「あの胸にもう一度」という邦題で親しまれているヒット作でした。皮ジャンのジッパーからこぼれ落ちる柔肌とキュートな微笑み、この魔性のガールこそが往年のマリアンヌ・フェイスフルその人なのでありました。
「やわらかい手」は伝説のセックスアイコン、マリアンヌ・フェイスフルが、よわい60超となられた今現在を引っさげて38年ぶりに映画の主人公に再登板、というところが一つのウリとなっております。実際、ロードショウでは、往年のファンとおぼしき初老男子が多く観客席を埋めていたとか。このことにわたしは興味を覚えました。いろいろな期待があったのだろうと思います。「青春のマリアンヌよもう一度」とか、「その後のマリアンヌに何が起こったのか確認」とか、「マリアンヌよ、オレ達ずいぶん遠くに来たもんだね」とか、「容姿衰えたりといえども、腐ってもマリアンヌ、ババアでもマリアンヌ」とか。映画の中で、大人気イリーナの手コキに長蛇の列を成す男子らと、「発情装置」として入れ子状に重なってしまいます。
イリーナという名はいわゆる源氏名で、主人公の本名はマギーです。夫に先立たれたフツーの主婦、孫の大病治療に必要なお金をひねり出すため、セックスワークに就労という設定です。マギーは始め、銀行に借金の相談に行き断られ、職安に行き断られ。こういう場合とってもいや〜な気持ちになりますよね、ただの仲介役に過ぎない若輩者が自分の金を振り分けるわけでもないのに、偉そうに威張り腐って、、、って、つい、わたしの個人的な感情が蘇ってきちゃいましたけど。自分には何の価値もないんだ、今までのわたしの人生はいったい何だったのかってくらい落ち込んでしまうものです。そこで風俗の仕事に就くということはやはり、彼女にとってちょっとした冒険であっただろうと思います。
マギーは職場の先輩に「ここでは演技するのよ、家に帰れば自分に戻る」と心構えを教わります。ところが慣れてくるとマギーは、飾り気なく薄暗く質素というよりは薄汚いこの職場空間を、自分に相応しいものにしようと手を加えるのです。壁に慣れ親しんだお気に入りの絵を飾り、テーブルにお茶を用意し、花を飾り、たぶん手作りの仕事用うわっぱりを羽織って、長年の主婦業でつちかったスタイルをそのまま活かします。周りの人はあきれ顔です。
思い返すと、こんなようなちょっとした行動で主人公が、自分自身も持っていたであろう社会通念を超えて、アイデンティティを解き放っていく瞬間が、実にたくさん語られています。新しい自分を見つけていくというのではなく、そのままで大丈夫を見つけていくという感じです。女性ジェンダーに課されるダブルスタンダードに苦しめられる経験を、女子はいやでも積み重ねて生きていくわけですが、こんなふうに身の回りにとっちらかった価値観を、封じ込めていた感情を、一本の縄のようにこね上げていく力技を発揮できるのは、それは「おばちゃん」だからなのでしょうか?
そして話はまたマリアンヌ・フェイスフルへと戻りますが、アイドルだった時期は短く、私生活にもいろいろあって、若い頃はかなりの辛酸をなめたということです。そういう意味で彼女をサバイバーと呼びたいと思います。ちなみに同じ時期に日本でアイドルだった人たちには、山本リンダ、吉永小百合がいます。皆さんご存知のように、表面的にはその容姿もイメージも大きく変わることなくご活躍中です。女にはいろいろな年齢の重ね方があるものだなと、改めて考えさせられます。さてそれなら自分はどうなのかといえば、ただただ無我夢中としか言いようもないのですが。いつか振り返って、それなりに感慨にふけることもあるのでしょうか、それとも感慨なんて他人のものなのかもしれませんけど。
『やわらかい手』
原題 IRINA PALM
2006年 イギリス=ドイツ=フランス=ベルギー=ルクセンブルグ製作
監督 サム・ガルバルスキ
出演 マリアンヌ・フェイスフル
ミキ・マノイロビッチ
ケヴィン・ビショップ
シボーン・ヒューレット
ドルカ・グリシュル