●「ハンサム★スーツ」

おきらくなストーリーである。美★醜を簡単に脱いだり着たりできるのだから。やはりこれは男子の発想ならではってとこか。脚本の鈴木おさむ氏も、男はブサイクでもなんとかなるが、女にとってのブサイクは明らかなハンディと、その著書「ブスの瞳に恋してる」の中で言っている。男はハンサムに憧れるけれど、ブサイクでもだいたいオッケーということらしい。女のブサイクはそうはいかない。女の美醜はその人格すべてに影響を及ぼし、その人生すべてにおいて意味深い、と言ったら言い過ぎだろうか。

男の美醜はたかだか紳士服の青山。二着で一万円とか、パンツがもう一本付いてくるとか。そんなレベルであることを今回この映画で見せつけられたと思う。そしてもう一つ確認したこと、ちょっと前とは何か違っていると思わされたことは、ブサイクがビジュアル化されてきたということだ。昔、ブサイクは語られなかった。美醜は表裏一体なので、美人の影にはブサイクがいたはずなのだが、あえて言及されなかった。ブスは差別語だった。だんだんブサイク、ブスと人を差別する行為に光が当たりだし、ブサイク、ブスが語られ定義され、ついに美人と同じように企画化され始めた。ブスは天然の自由区域だったのに、ブスたるものはこうであらねば、という図像ができあがってしまった。美人が蓄積され消費されていく主たる現場、ビジュアルの殿堂、テレビ世界の中において、ブスががんばる姿が映しだされ、ブスがプロフェッショナルになり、だからゆえに一般ブスも堂々と殿堂の門戸を叩き、ダイエットや整形やメイクアップを通して、ブスがブサイクと美人の境界線上を縦横無尽に駆け回り、その結果、美人にもお笑いセンスが求められ、美人とブスとのお約束事をトランスしていった。つまりその挙げ句の、女子の奮闘に乗った上での「ハンサム★スーツ」であるのだと思う。

「ハンサム★スーツ」はいろいろな意味でぬるい。主人公はもともと自分の居場所をしっかり持っている。ただブサイクゆえに女にもてない、という設定。ハンサムスーツを着用し思いきり女にもてて別世界を堪能し、脱いでまたもとの堅実な生活に舞い戻る。そこに罪悪感はさらさらない。自分の容姿を捨てる行為が自分自身を放棄したことにつながるということはない。ここんとこ重要だと思う。相手役の女子もまたハンサムスーツを使用しているのだが、これは真逆の理由によるという設定だし。結局男ブサイクはハンサムを体験することで強化され充実し、女ブサイクは消滅する、というストーリー。腑に落ちないような、落ちるような。しかも男ブサイクはブサイクのくせに、説教さえする。これってどうなのか。超美人に対して「笑顔の方がきみらしい」などと人生訓を垂れてみたり。それほど自分に自信があり、自由にものが言えるのなら、ハンサムになる理由なんかどこにあるのだろう?その必要程度としては、ちょっと風俗にでも行って気分転換、くらいのこととしか思われない。

女のブサイクがどれほどのものか、韓国映画「カンナさん大成功です」と比較してみよう。まず変身前の彼女の人生は自分自身のものとは言いがたい。口パクで踊る美人歌手の裏方でしかなく、才能を正当に評価されることはない。実際、北京オリンピックの開会式でこれと同じことが起こったっけ。酷い話やね。方や、「ハンサム★スーツ」の男ブサイク、ブタロウは腕のいい料理人。小さいけれど自分の店さえ持っている。出発点からして違うと思う。さらに変身するには、カンナさんは命がけの全身整形大手術、1年間のリハビリ、これまでの自分をすべて捨て去る覚悟、愛犬とも愛父ともおさらば。方や、ブタロウはスーツを着るだけ。いつでも脱げるし。つまり女にとっては本質の変化であって、男にとっては表層の変化に過ぎない。変身後の人生でも、カンナさんは泣いてばかり、ブタロウはいつだって高笑い。カンナさんが自分の変身行為を受容するには好いた男や父親やファンつまり社会一般の承認が必要なのに対して、ブタロウは自分で決めることが大切でその決定に異を唱えるのもこれもまた自分自身にほかならない。美醜にまつわる男と女、これほど違うのである。天と地ほども、有頂天と金輪際ほども違うのである。

しかしだからと言って、「ハンサム★スーツ」は拒否なのかというと、実はそうでもない。常識を覆し、男だから女だからという世間を変えてみたいという気概を感じないでもないし、美醜問題なんておきらくでいいじゃんって提案にも賛成。ただ、男ブサイクで鍛えられた自意識をハンサムでそのまま発散しないように注意して欲しい。主人公がトウキョウ・ガールズ・コレクションの舞台上でモデル業を放り出し、突然心中を吐露して走り去るというシーンがある。主人公が一番大切なことに目覚める重要な場面なのだが、あれは女子の空間を甘く見過ぎだと思う。せっかくの女子イベントに対するあのオレオレ・ジャックぶりは受け入れ難い。たとえ滑稽ねらいとしても、はなはだ迷惑。

タイトル:ハンサム★スーツ
2008年 日本映画
脚本:鈴木おさむ
監督:英勉
出演:大木啄郎(ブサイク) 塚地武雅
   光山杏仁(ハンサム) 谷原章介
   橋野本江(ブス)   大島美幸
   星野寛子(美人)   北川景子
   來香  (超美人)  佐田真由美


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