今月のマモルくん
痴漢といえばすぐに冤罪を連想して「冤罪ガー」と叫ぶ人たち
2016.03.22
by 牧野雅子
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男性を含む何人かと話をしていて、性暴力、とりわけ痴漢に話題が及ぶと、決まって冤罪という言葉が出てくる。しばらく前に、とある研究会で性暴力関係の報告をした時も、矢継ぎ早に飛んできた質問が痴漢冤罪についてで、そりゃあもう、うんざりした。いかにすれば冤罪被害(?)から免れられるかの情報を得ようとする意図が丸見えで、わたしの発表内容そっちのけ。「報告、聞いてました? それを聞く場所と相手、間違ってませんか?」と言いたい気持ちでいっぱいだった。なんで言わなかった、なんて聞かないで。それらの質問は、なんと司会者から出たものだったのだから! 


電車通勤の男性たちにとって、痴漢冤罪はリアルな恐怖なのだと聞く。じゃあ、痴漢の現場を見たことあるの? と聞いても、ない、という。ないのに恐怖なわけ? それも、リアルな恐怖なわけ? さりとて、冤罪について詳しく知っているかといえばそうでもなく、痴漢冤罪の具体的な事例や数を知っているかと聞いても知らないと言い。知らないのに、恐怖? 知らないのにリアル?
それに対して、痴漢被害は、それこそリアルな経験。つい最近も、朝の通勤電車で被害に遭った知人の女性から、これから警察に行くのだと連絡があった。男性から、被害経験を聞くこともある。わたしも13歳で初めて被害に遭ってから、数え切れないほど被害に遭った。声を出して、逃げる犯人を追いかけて、ふるえながら通報して、警察に行って、犯人が自供しているのに事件として扱われなかった、そういう経験もしている。痴漢被害は架空の話ではなく、現実の被害、切実な問題だ。


痴漢といえばすぐに冤罪を連想して「冤罪ガー」と叫ぶ人たちに向かって、わたしたちがよく言うセリフがある。「痴漢がいなければ冤罪はない。冤罪が怖ければ痴漢加害を問題にすべし。冤罪は女の問題じゃなくて、男の問題。あなたの敵は女じゃなくて、加害者、痴漢そのもの」。自分で言っときながら、なのだけれど、この言葉を真に受けてもらっても困るんだよね。だってこれは、男性たちの関心を引くための、いわば戦略なのだから。自分はそんなことをしないから痴漢加害には関係ないと言い、そのくせ被害者の側に問題があるような物言いで何か言ったような気になっている、あまつさえ、男性はみんな潜在的な冤罪被害者だと言わんばかりの勘違い男たちを、「あんたたちの問題だろーが!」と引き込むための、ね。
「あなたのお子さんが(妻が、恋人が)被害に遭ったらどう思いますか」っていうのも、同じ。その想像をきっかけに、自分の問題として考えて欲しい。自分の問題といっても、被害者として、ってこと(だけ)ではないよ。加害者を産んでいる社会の一構成員としての責任を自ら問うて下さいと言っているのだ。だいたい、自分の娘がそうなったら嫌だからというのは、所有という思考と無関係ではないし、自分の身に何か起こらないと考える気にならない、判断基準は自分の利益/不利益になるかどうかだけ、なんて、それこそ「社会人」としてどーなのよ。性暴力は社会の問題なんだから、アンタも一緒に考えなさいよっ!
ちなみに、男性も被害に遭う、あなたも被害に遭うかもしれませんよと言っても、あまりぴんとこないと聞いた。ホモソーシャルな文化では、男性が被害に遭うことは女性が被害に遭うのとは違う意味を持つ。


「冤罪ガー」くんたちって、自分は無関係、痴漢なんてしないと言いながら、かなりの確率で二次加害やセクハラをやってくれちゃうのは、多くの人が経験していることだ。性暴力について知ろうとしない、考えようとしないから、自分のやっていることが性暴力だと思わない。加害行為を自分の中でうーんと限定して、それ以外は問題がないとさえ言う。性暴力発言だと指摘されても、受け手が過敏になっているだけなのにその責任を負わされてはたまらないと言って、指摘した人を「加害者扱いするな」と責める場合すらある。加害者=極悪人 という図式があるから、自分が極悪人とレッテル張りされたと思って、怒る。自分は「普通の」人間だ、加害者と一緒にするな、と。自分のイメージする加害者像が間違っているとは、つゆほども思わないらしい。
強姦神話と呼ばれるものがある。性暴力についての誤った認識のことで、加害者は異常者だというのもその一つ。加害者は普通の人ではない、自分たちとは遠い世界の人。加害者は社会の敵だから彼らを放置することは危険で、排除しようと考える。
けれど、実際は、加害者の多くは「普通」の人で、まわりから見れば「いいお父さん」「いい同僚」「いいヤツ」だ。そして、加害者は社会から産まれる。この社会が産んでいる。


とうとう男性の側から痴漢問題を考える人が出て来たというのを知ったのは去年12月のこと。待望の! というわけで、多くの人がそのアクションを歓迎し、メディアも取り上げた。スローガンは「痴漢は俺の敵」。いかにもマモルくん的スローガン。


けれど、残念なことに、サイトや、活動が紹介されたメディア記事を見ると、主催者に、性犯罪、ましてや性暴力について、理解があるとは思えなかった。だいたい、女性たちの「戦略」を鵜呑みにして自分たちが何を問われているのか分かっていないし、痴漢冤罪の認識にも誤りがあった。男性集団を潜在的冤罪被害者として、実際の犯罪被害者と同列に扱う説明モデルは完全にアウト。そもそも、最初の痴漢概念自体からして問題なんだけど。
彼は言う。
「でもどうやら痴漢は、そんな善良な男性たちを、隠れ蓑にしているらしい。 痴漢や痴漢冤罪を恐れる人々を尻目に、痴漢だけが、喜んでいる。 私はそれが、 本当に、 気に食わないんです」
加害者に対して、「気に食わない」という言葉を使えることの、違和感といったら! 痴漢行為を、被害の重大さや、違法性や、社会病理の問題としてではなく、そいつが気に食わない、と語れるのはなぜ? まるで、ズルいって言ってるみたいだ。俺たちは我慢しているのに、抜け駆けしやがって、俺たちの恐怖心を利用して卑怯だ、って聞こえる。だから、「俺の敵」なんだって聞こえる。そいつが許せないから「敵」なのか。だから、「俺の」敵なのか。


こういう人たちって、わたしの知る限り、きわめて狭い範囲の「犯罪」以外は、それは自分たちが想定している犯罪じゃないからといって、性暴力を容認し、特に仲間内の行為には、あの人がそんなことをするはずがない、あんなにいい人が、犯罪者と一緒にするな、という言い分で仲間をかばう傾向がある。被害者や女性を守ると言いながら、その実、仲間を守るっていう。
……で、残念なことに、その危惧が現実になった、わけなのですよ。


話は冒頭に戻る。
件の司会者は、被害者が逃げなかったから立件不可能と判断されたという痴漢事例に、「男として、そうした警察の判断を歓迎したい」と宣った。それ、間違ってるから。痴漢行為の立件に、暴行脅迫要件ないから。「性犯罪」の暴行脅迫要件すら、変わって来てるから。もう、最初から最後まで間違ってるから。
研究者という、理詰めでモノを考え、世の中の妄想を暴いてみせるのが腕の見せ所という人でさえ、痴漢問題となると、その判断力はたちまち急低下するのだからね。かなりの難問ですぞ、痴漢問題。

プロフィール
牧野雅子
牧野雅子(まきの・まさこ)
大阪府立大学客員研究員
『刑事司法とジェンダー』の著者。若い頃に警察官だったという消せない過去もある。
週に1度は粉もんデー、醤油は薄口、うどんをおかずにご飯食べるって普通やん、という食に関していえば絵に描いたような関西人。でも、エスカレーターは左に立ちます。

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