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目に見えるサポート
17.10.12 by 深井恵



 国政が混乱している。「自公」か「希望」か「野党」か・・・大きく三つに分かれたようだが、安倍政治への批判票が、これだと「希望」と「野党」に二分されて、結局「自公」の一人勝ち・・・そんな事態が待っているような気がしてならない。そして、「保守」を明言している「希望」は、「自公」と協力して憲法改正まっしぐら・・・そんな最悪のシナリオが浮かぶ。そうならないためには、有権者は本当に賢い選択をしなければならない。

 選択と言えば、私的なことでも選択を迫られている。母が入院して2か月以上。今月中には退院する見込みだが、退院した後、どこで生活するか、岐路に立たされている。国政ではないが、担当医から提示された選択肢は三つ。一つ目は高齢者施設への入所。二つ目は精神科の病院への入院。三つめは自宅に戻る。どの選択肢も、全員(母、私、近所の人)がベストの方法にはならないと言われた。

 入院した当初、退院後の一人暮らしは無理だろうと言われていたため、入院中に母を連れて、一つ目の選択肢である「高齢者施設」を見学しに行っていた。母の自宅からは10kmほどのところで、私の自宅からはほど近い場所にある施設だ。母は施設への入所を嫌がっていたため、担当医からも「リハビリを兼ねての一か月の入所」と言い含められて(半分、母を騙して?)、見学に連れて行った。

 その結果・・・案内されて施設の建物に入るなり、母は「帰る気満々」な態度を見せた。施設長が「部屋は個室です。個室内の設備は、可動式のベッド、トイレ、エアコン・・・個室にテレビやタンスも持ち込めます」と説明を始めた途端、母「タンスなんか持ち込みません。ひと月で出ますから。もう帰ります」と言い放ち、話の途中で玄関に向かって歩き始めた。

 その後、私は施設長の説明の続きを聞いて、「よろしくお願いします」と、車に向かったが、母は、「仕方なく施設見学につきあってやった」感たっぷりの態度で、車のそばで待っていた。車に乗り込んでからも、「施設にはひと月だけしか入るつもりはない」と繰り返し口にした。

 数日後、その施設から「入所お断り」の連絡が病院を通じて伝えられた。すぐに帰りたがる人が入所すると、他の入所者への影響があるということと、自力で施設の外にすぐに出て行かれると車にはねられる虞もあり、安全性に責任が持てないからということだった。その施設への入所は断念して、後日、別の施設候補を見学することにした。

 一週間後、別の施設に見学に行った。こちらの施設は自宅から2km弱。入所したとしても脱走して自力で自宅に戻るかもしれないな・・・などと想像した。が、母の反応はそれ以上のものだった。施設の玄関に入るなり、「私はこんなところには入らない」と言いながら、お愛想程度に施設内を眺め、ものの3分もしないうちに、踵を返して車に乗り込もうとした。そこにいた母を除いた全員が「だめだこりゃ・・・」といわんばかりの表情になった。

 二つ目の選択肢「精神科の病院」はどうか・・・。はっきり言って、全く望みはない。いや、私自身も精神病院への入院は全く望んでいない。母の過去(統合失調症発症当時、強制入院を余儀なくされて、ひどい人権侵害を受けた経験がある)を振り返っても、それは酷な話だし、そこまで拘束される施設に現時点で入院しなければならない必然を感じていない。

 では、三つめの選択肢「自宅に戻る」はどうか・・・。担当医からは、自宅に戻る場合、「娘さん方の目に見えるサポートに加えて、介護福祉サービスを受ける」という言われ方をされた。この「目に見えるサポート」とはいったい何なのか。そもそも、「誰」の「目に見えるサポート」を私がしなければならないのか。

 これまでに、母が徘徊(?)して保護された警察からの連絡を受けた際や、近所の「見守り隊」からの連絡を受けた包括支援センターから電話がかかってきた際、私が母の面倒を全く見ていないと言わんばかりの口調で話をされていた。おそらく近所の人にしてみれば、「娘が近くにいながら、何にも親の面倒を見ていないのに、何で他人の私たちが面倒を見なければならないのか」といった思いがあるのではないか(勝手な想像だが)。

 それは、医者の口から暗に私に言い聞かせて、「娘ならもっと親の面倒を見ろ。そうしないのなら施設に入れろ。こっちは迷惑している」とメッセージを発信しているように受け取れる。つまりは、「近所の目」に見えるサポートを私がするなら、自宅に戻ってよい・・・ということだろう。

 しかし、近所の人に、「私はいま親の面倒を見ていますよ」とわざわざアピールしながらサポートしなければならないのだろうか。はっきり言って、近所の人など、私がどのようなサポートをこれまでしてきたのか、ほとんど知らないとしか思えないし、知ってほしいとも思わない。「近所の目」のためにわざわざ「いい娘」を演じるつもりもない。

 母のいまの状態から、もし母が自宅に戻るなら娘がするべきだと想定されている「目にみえるサポート」は、毎食きちんと食べたかの確認、朝と夜の食後に薬をきちんと飲んだかの確認、部屋の掃除、入浴したかの確認、畑の管理・・・といったところだろうか。

 この「近所の目」は、「近所の女性の目」=「専業主婦の目」だ。皆元気な70歳以上の「女性見守り隊」だ。一人暮らしの高齢者をご近所で見守る…という、ありがたいシステムなのかもしれないが、フルタイム労働している女性の置かれている状況を知っている女性はほとんどいない。そんな「近所の目」に「見えるサポート」を要求されているのだが…。

 無理。はっきり言って無理だ。遠距離通勤をしながらフルタイム労働で、別居している母の食事や薬の管理、掃除・風呂まで面倒を見るなんて、こっちが倒れてしまう。実際そんな面倒、近所の人も全く関与していないし。もしも「同居」を求めているなら、それは「暴行事件」や「殺人事件」が将来起こるかもしれない事態を要求しているに等しい。

 ニュースでよく目にする「介護殺人」。他人が介在して仕事としてサポートしてくれていたら、殺人事件にまで発展しなかったのではないかと思ってみてしまう。時には、介護施設の職員でさえ、入所者に暴行を加えてしまうという事件も起きている。「近所の見守り」が、「家の目に見えるサポートがあって当たり前」という姿勢であり続ける限り、親族間でのいたましい事件はなくならないだろう。

 さてさて、国政も母の生活も、今月の下旬には結果を出すしかない。いったいどんな選択をするか。どんな結果を出しても、それを受け入れて生きていくしかない。だが、「幸福を追求する権利」は憲法が保障している(いまのところは)。熟考の上、国民の目に見えるサポートをしてくれる政権と、幸せな生活を選択したいものだ。

著者| 具ゆり深井恵打越さく良阿部悠牧野雅子
プロフィール
深井恵
深井恵(ふかい・めぐみ)
九州某県の高校日本語教員。
日教組の「教え子を再び戦場に送らない」に賛同して組合加入。北原みのりさんとは、10年以上前(ジェンダー・フリー・バッシングがひどかった頃)に組合女性部の学習会講師をお願いして以来の仲。