古新聞を片していたら、ふと『涼しいバイブ』と言う文字が目に飛び込んできた。 涼しいバイブかーと、もう一度良く見たら『パイプ』でした。ちょっぴり、お脳がお疲れ状態の時はそんなもの。日本の新聞にデカデカと『バイブ』 の文字が躍る日が来たら……その時、周りの皆はどんなライフで過ごしているのだろうと考えたら、近未来SFのようで面白かった。
ところで、LPCさんに『涼しいバイブ』はありますよねー? 丁度、気温が上昇し始めている時期だから今のうちに、セールとかはやらないかなー? で、パイプってなんの話…(ちゃんと記事を読んでない。)
感受性の受容には何より個人差が大きいと思うのですが、オタクの親が子どもに自分の好きな作品のコスプレをさせるのは、ちょっと…それはどうかと思ってしまう。ロリ・ブームの時には3歳児にロリな格好させても、そりゃ見た目は、お人形みたいなだけだけどさ…「オタ友」同士でやってくれよそれは。オタクの子どもがオタクに育つとは限らないわけだから、後で色々大変だと思うよ。
と、いうのも私が小学校の頃、某宗教の宗派に当時はまり込んでいた男親に、いつの間にか、拝むのを強要されていて、宗派の集まりに一緒に行っていた記憶があるのだけれど、今は全然そうじゃない自分がいて、気持ち悪いと思ってしまう。宗教が悪いと言う話ではなく、知らない間に自分の意志とは無関係に、そんな風に操られていたみたいな「被害者的」な記憶が今でも痛いですね。ましてや、中高生でもなく、れっきとした大人なんだから、「オタク」をやることではなく、子どもと、どう向き合うかぐらいは、ちゃんと自立して考えてくれよ、と思ってしまう。確かに大人になってから
オタ友仲間で集まるのは、時間が取れないとか、地方では盛り上がりに格差があるから、とか構造上の問題もあるけどさ。そんな事は、オタ友に愚痴ってよ、オタ友!
それで、先程からワザとらしい程『オタ友』、オタ友って連呼してますけど、これは 一種の隠語のようになってる、この業界中でしか存在する事を許されていない謎のカテゴリー。
大抵のオタク仲間では、通常の『友人』とは別に『オタ友』を自然に分けて考えている訳だけど、読んで字の如く、オタク仲間中にしか通用しない『萌え』話専門の友人のようなもの。実際、殆ど個人的な話はしないで、延々、自分が現在はまり込んでいるキャラの萌え壺語りか、それに類する話しかしないんだよね。釣り仲間が釣りの話しかしないようなもんだから、それ程、特殊性があるとは思えないし、大人なら、人に話せないようなエロい、エグい妄想話でも盛り上がる。野郎なら酒場でもやりそうだけど、(性自認はさておき)女子でそのような機会は通常中々、持てない。だからこそ本当に、これは楽しい。誰にも気兼ねしないで語り合う空間、どんな些細なことでも自分の妄想が全面的に肯定される高揚感は、一度やったら確かにのめり込む。だから大人になっても『腐女子』はやめられない。何も、皆キャラクターにだけ固執している訳ではないんだよね。言い方は悪いけど、自分の性癖に近い所で『ダシ』にしているところはある、キャラクターものが全盛を極めたのも無理からぬところはある。
因みに私には3つ下の弟が居るのですが、こいつがまた、私に輪を掛けた様なディープ なオタクで…しかも、彼が結婚した彼女が元『腐女子』という……う、うちの家系はオタク市場に呪われて…いや、たまたま近辺に多かっただけなのかな…? 今、同居はしていませんので、近況は聞いてませんが、ともかく、人のことは言えませんが、局地的に オタクの権化のような言動をするやつでした、ロリオタ丸出しのトークをオタ友と携帯で家の中で平気で話す、押入れ中をロボオタ・グッズとロリキャラ・フィギュアで埋め尽くす、本の合間に2次創作のエロ同人誌がはみ出ている(本人は絵が描けないので散財専門)。見もしないガンダムのセットを定価買いして、本当に見ないで、お金に困って新品のまま買取店に持って行って、店員に勿体無いと言われる…等々、凄まじい市場の思う壺なバカオタぶりを発揮しまくりの武勇伝の持ち主で……。携帯で、オタ友と彼がいつもの如く
「※ルリちゃん、カワイイね、うん〜」
(※※当時人気の『機動戦艦ナデシコ』のロリ・ヒロイン)などと話しているところにたまたま通りかかった日には、我が弟ながら始末…いえ、行く末を案じずにはいられなかったものでしたが。ところが数年前に、リアルで彼に「彼女」が出来た途端に、状況が一変しました。なんと、それまで集めた美少女モノのコレクター・グッズをあっさり処分すると言い出した。大抵のグッズは人気の旬が過ぎたら、買い手も付かないので、つまり全部捨てる…なんか、勿体無いと、思わず逆に止めてしまったのは私の方で、そうかじゃあ置いておくかとあっさり承諾した弟を前に、所詮、彼にとって「美少女」は持て余すエロの「場繋ぎ」に過ぎなかったのか、と妙な感慨で眺めていました。それにしても無駄な「美少女」ラミカの山は兎も角も、彼と仲良くしていた「オタ友」の行方はどうなったのだろうと、ふと、今思い出しました。
『オタ友』。オタク産業と共に出現して、其処を離れると、2度とは戻らない、刹那の盟友。大量に消費されるオタク・キャラクターと共に過ごし、共に共感し、共に…いつまでもいるわけではない存在。『予定調和』な『萌え』を紡いでも、某結婚ソングの ような結末は用意されていない。たまに別の『萌え』で再会することはあっても、同じ『共有』は二度とないのかもしれない。私は、あんまり心情主義的な方ではないので、いつまでも現状の『オタク市場』が続くとは思っていない。気が付いたら衰退していた産業なんてたくさんある。現に、オタク市場自体は、見せ掛けの勢いとは裏腹に、その差別的に偏った内容は基より、仕事に従事している者たちの賃金形態の実体他、足元の問題は山ほどある。市場だから飽きられる、市場だから変化する。
「いつまでもあると思うな『オタ友』と『創作』の情熱」。
仲間に入ってくるときも、去って行くときも理由は様々、ある人は忙しいからと、同人活動を辞めて、ある人はそっと居なくなる、飽きたとあっけらかんといなくなる人もいる。そうなんだ、お疲れ様と誰も引き止めたりはしないし、出来ない、もう『萌え』ていないのに止める理由もないからそっと見送るだけ。
あなたの傍に今、『オタ友』はいますか?