あっさりと脱衣する人々 はアジア系のパフォーマンス・アーティストに多い。何を隠そうわたしもその一人である。
先日も、上半身丸裸、下半身各所穴開きのパンツ着用という出で立ちで、東京は恵比寿の小洒落たギャラリー前に、十数分間立っていた。狙いは、そのパフォーマンス自体の開放だった。ギャラリー地下の展示スペース一番奥で、観客寿司詰のままおよそ20分、Tシャツを鋏で切り取ったり、体に墨を塗ったり、和紙に拓本したりした後、このままここでパフォーマンスを終了してしまっては、今回のコンセプトである、裸になってさえこの身体に纏わりついている「意味」を問うていることにはならない、地下室に篭っていては、その矛盾を顕在化したことにならないと考えて、わたしは階段を上がり、扉を開けて、外に立った。
数人の通行人が通り過ぎた。女性は皆ちらりと視線を向けた後は、もう二度とこちらを見ない。見てはいけないものと判断し目を背けたように思える。男性は皆、限界まで首を捩って、最後まで絶対に視線を外さずに通り過ぎていく。何の遠慮会釈もなくわたしの身体に食い下がっている視線からは、その人が何を考えているのか推し量ることは難しい。普通、人をじろじろ見るのは失礼だとわたしたちは教育されて育つ。にもかかわらずこれほど執拗に見つめられるということは、その時彼らにとってわたしは人ではなかったのだろう。
わたしは一人ではなく、連れといっしょに立っていた。連れとは、洋裁用のボディである。連れの身体にも衣服は無かった。二つの裸。それを裸という物体、と捉えるか、人前で裸になっている頭のおかしな人として捉えるのか。目を背けて歩き去った人たちは、同性としてつまり同じ人間として、わたしの行為を恥じたのだろうと思う。わたしの行いをアートとは認めなかったのである。
とにかく、この場合、見て欲しいのだ。内心何を考えようとも。わたしはあなたの内心に挑戦していると言ってもいい。わたしを見て、わたしのみっともない裸を、あなたの隠しているものを、堂々とその目で見て下さい。突然わたしの願いが叶った。一台の路線バスがやってきて、覆い被さるようにわたしの鼻先に停車したのだ。バスの窓、高い位置からは凍りついたような幾多の視線が、容赦なくわたしの身体に注がれた。忘れていたが、ギャラリー前はバス停だった。
1960年代ニューヨークでフルクサスというアート・アクションが起った頃、パフォーマンス・アートはハプニングと呼ばれていた。バスの停車した瞬間、乗客にとってのみならず、パフォーマンスをしていたわたしにとっても、それはハプニングと言ってよかった。わたしの乗客を見渡す視線もまた、凍りついていたことだろう。
アートとは言え、裸体を衆目に晒すことは、多くの場合、反社会的な行為とされる。日本のような、メディアにおけるヌード天国においてさえ、裸でパフォーマンスを行うことには緊張が伴う。室内で観客を特定できる場合は概ね問題はないようなのだが、特定の人々が取り囲んでいたにも関わらず、他に人気のない場所であったにも関わらず、野外で全裸パフォーマンスをしていて逮捕されてしまったという話もある。
アジアのアーティストは裸体好き、と言っても、地域ごとで裸を取り巻く事情は違う。例えばタイでは裸体厳禁。到着した途端に、外国人アーティストにはタイでの三大タブーが言い渡される。「国王、仏教、ヌード」これを作品に用いてはならないと。アート・フェスティバルが中止に追い込まれる場合もあるからだろう、その禁を破ってまで裸になりたいアーティストはいなかった。パフォーマンス・アーティストなりの真っ当な常識というものだ。
しかし例えば、才能あるあの韓国人女性アーティストの場合だ。彼女といっしょにヨーロッパ・ツアーに行ったのは、もう8年以上も前になる。ポーランドの海辺の町で、彼女はキャスター付き旅行バッグに身を縮めて潜り込んだ。会場に運ばれて来て放置された旅行バッグがもぞもぞと動き出す。ユーモラスな動きに時折り観客の間から、和やかな笑い声が上がる。ファスナーの隙間から発砲スチロール製の梱包材をぽろぽろとこぼしながら、一頻り這い回わり、旅行バッグは動きを止める。静まり返ったバッグの内側から不器用にファスナーが開けられていき、予想外に大量にあふれ出る梱包材を掻き分けて、全裸の彼女がすっくと立ち上がる。その時の新鮮な驚きは忘れ様も無い。彼女は息が荒く、汗まみれでくしゃくしゃの長い髪が体に張り付いている。このパフォーマンスが見た目よりもずっと重労働であり、楽しげに見えた吹き零れる梱包材が、実は窒息しそうな彼女の必死の呼吸であったことを知り、見ていたものは最後に深く胸を打たれるのだ。
その後、同じパフォーマンスを彼女は釜山で行った。野外での裸体登場でも、アート・フェスティバル全体に支障は無かった。ところが彼女を待っていたのは家族からの制裁だった。彼女の行いを恥じた家族は、二度とパフォーマンスすることを許さなかったばかりか、彼女を生まれ故郷に引き戻し、家に閉じ込め、アーティストとしての彼女の将来を奪ったのだ。韓国で起ったことについては、口渋る数人からの情報を総括したもので、わたしにとって本当のところは謎に包まれたままなのだが。わたしは自分がパフォーマンスをするときに、いつも瞬間彼女のことを思うのだ。
さて、実は明日から一週間、北京のパフォーマンス・フェスティバルに行ってくる。どうも主宰者である友人は、死ぬまでに一度呼んでやろうと思ったようだが、意に反して元気な姿を見せることになった。喜んでくれるだろう。
北京は初めて訪れる場所なのだが、かの地で裸体はどう扱われているのであろうか。中国のアーティストはとりわけ裸パフォーマンスを得意としている。日常の身体が厳しい状況にあるということなのか、なまくら日本育ちのわたしには想像も及ばないような、とんでもないパフォーマンスをするアーティストがたくさんいらっしゃる。それにしても、わたしの知る限り、女性のパフォーマンス・アーティストのうわさはあまり入ってこない。北京における女性の身体、それを知り得る何らかに巡り合うだろか。期待を抱いて、それでは皆様行って参ります。北京報告お楽しみに。