自分の幸せば

自分の幸せば考えんならんよ、と10年ぶりに会った叔父が真顔で言った。すかさずわたしは「自分の幸せばっかり考えてきたよ。」と答える。「そうではなか、叔父さんの言うちょるんは、女の幸せたい。」わたしは自分の耳を疑った。この場をどう切り抜けようか、ちょっとの間、思案する。「いまさら考えても手遅れだから。四十過ぎたしね。」「ナンバイウチョルカ! まだチャンスは残っとー、諦めんでよか。」わたしは叔父さんの口からいつ、最終兵器「結婚」が飛び出てくるかと、恐れおののいていたが、そうは言っても40歳を超えてしまったのなら、残り時間は少ないとみてか、叔父さんはいきなりステップを飛び越えた。「とにかく、子を産まんば。子を産み、育てる、これが人生たい。」

「今の風潮はおかしか、子供は年金を払わせるために産むのではなか。子供は神様からの授かり物たい。子は宝、自然の法則。」話はすこぶる深遠広大になってきた。「でも叔父さん、子を産む個体と産まない個体といるのが自然なんじゃないの?」叔父さんが、えっ? と息を呑んだので、熱い語りの腰を折ることに成功したかと思ったのも束の間、敵はほんの数秒で立ち直り、「お前の言うことはわかる。よーわかる。わかるばってん、それは人間の考えた小さなこつ、つまらん理屈。人間は自然に比べれば小さかねえ。」叔父さんの言葉は、眼差しは力強さを増し、わたしへのいたわりさえ漂わせる。九州男児、なかなか食えない、煮ても焼いても。

確かに叔父さんは、子供のためにと苦労して、夢中で働いてきたのだろう。老境に達し、人生を振り返り、子育ての体験に達成感や充実感を感じているのだろう。それは叔父さんの幸せであって、「女の幸せ」ではないんじゃないの? それにしても、わたしはこの純朴な叔父さんをいとおしく感じていた。彼は大らかで、人情味溢れる人間だ。確かに、年金問題と少子化が同列に論じられているこの国はセコイではないか。それに対してわたしも声を揃えてもいい「子は神様からの授かり物」と。わたしは、叔父さんは与えられた人生を精一杯生きるのが人間の仕事だと、ベースにはそういった気持ちがあると感じた。叔父さん自身、本当に伝えたいのはそのことなのに、相手が姪っ子だから、女だから、よけいなことに目くらましされて、核心が何なのか自分でわからなくなっているのだ。って叔父さんに教えてあげることは難しい。

こういう場合、この俺はもう子を産むことはできない(注:抗がん剤の副作用で閉経しましたから)と、相手に伝えた方がフェアなのかとも思ったが、やめた。そんなことは会話の本質には関係無い。この会話の脈絡でそのことを持ち出すと、わたしは「神様に見放されたカワイソウナ女」と言うことになりかねない。いや、成る、確実に。真っ平ごめん。産めるカラダ産めないカラダに関わらず、今、わたしに子を産む気はないのだから、この会話の中で、わたしの立っているところは正しいのだ。それにしても、叔父さんは無意識のうちに、神様は男性性、自然は女性性と使い分けている。学校で教えてもらったわけでもないのに、見事なものだ。

さて、その日は叔父さんがもう一人いた。ふたりとも亡き母の弟たちである。わたしの母は八人きょうだいで、長女、次女、三女、四女(母)、五女、長男、次男、六女、という順番だ。入院していた長女が亡くなり、葬儀のために久しぶりに親戚が集まったというわけだ。亡くなった「姉さん」に時折り涙しながら、久しぶりのきょうだいたちは賑やかに酒を酌み交わし、みな上機嫌だ。そこには母が持っていたのと同じ、和やかで華やかな雰囲気が満ちていた。その肌合いをわたしは懐かしんだ。冗談の掛け合いや、伝播する笑い声、遠慮の無い皮肉の応酬、言葉使いや、笑い転げ腹を抱えるその仕草。死んだはずの母が、この宴の中に紛れ込んでいたとしても、何の不思議も無かった。しかし突然、叔父さんともう一人の叔父さんの言い争いが始まったのだ。

声を荒げたのは長男の方だ。原因は姪っ子(わたしではない)の結婚問題(またか)。「お前が口を出すことではなか!黙っとれ!」言い争いといっても、始めの一発目で次男はノックアウト、勝敗は明らかだった。二人とも酔った勢いはあるのだが、長男は胸を張って持論に自信たっぷりだし、次男はくだくだと自説を説明し続ける。しかも、「アニキはそう思うかもしらんが」と言う枕詞をつけなければ発言権が無いようなのだ。当の姪っ子はハナから二人を相手にしていないということにも気付かずに、しばらく不毛な会話が続けられた。叔父さんたちは気が短い、行き過ぎると大立ち回りに至ることもある。雰囲気の変調を察知してか、二人直属の姉、つまり五女が、「わかった、わかった。○○ちゃんの言うことは、よーわかった。」と二人の間に割って入った。

それから約30分、直属の姉は負けた方の弟のグラスにビールを注ぎ(酔いつぶして早く寝せようという試みか)、うなだれる肩をたたき背中をさすり、慰め倒した。その間、隣室で長男は子供の頃の思い出をわたしに語って聞かせていた。家は貧乏で子沢山。たいへんな生活だったが、躾だけはきちんと受けたと。特別な日はかならず、父親と長男である自分は、皆とは別に、座敷にお膳で食事をしたと。そして叔父さんは確固たる「自尊心」を植え付けられたのだ。一方、男であるがゆえに「自尊心」を与えられたり、もぎ取られたりして育ったもう一人の叔父さんの心はキズだらけだ。苦々しく口をへの字に歪めた寝顔にそう書いてある。始めから自尊心を知らずに育った女のきょうだいたちとは別の苦しさを背負っているように見える。

これがわたしたち「家族」の伝統か、と思った。子供を社会化する最初のステップが、家族の愛を隣人の愛を踏み台にした、人と人との差別化であるのなら、唯一、家父長だけが持つことを許された「自尊心」とは何なのだ。常に人を踏みつけることでしか在り得ない「自尊心」。高ければ高いほど、他者を傷つける「自尊心」。そして男社会とは「自尊心」と書いてはあるが、開けてみたことのない、中身のわからないブラックボックスを抱え、常にお互いの上下を推し量り、本当の男になれなかった故に男になりたいと願う次男たちの亡霊でできているのだ。そこにはどうやらわたしの手に入れたい自尊心のモデルは無い。



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