ラブピースな日々 だった。なぜなら、三泊した宿が、ビジネスホテルの皮を被ったラブホテルだったから。いや、ラブホテルの皮を被ったビジネスホテルなのか。どちらでもいいけれど、そこは真面目とエッチとリーズナブルとリッチが微妙に混在した、当たり前に快適な場所だった。旅行の目的もまた、わたしにとっては仕事のような社会運動のような、はたまた、ただの個人的秋の行楽のような、多目的トイレのような無国籍料理のようなものだった。
仕事のようなと言うのは、正確に言えば間違っている。仕事で出張する人についていっただけだから。しかしいっしょにいれば必然的に多少の手伝いをしたりもした。社会運動のようなと言うのは、何を隠そう、札幌レインボーマーチへの参加である。しかもただの参加ではない。初めての参加なのに、レインボーな運動に積極的に関わってきたわけでもないのに、或いはドラアグ何某として名を馳せているわけでもないのに、ずうずうしくも、パレード先頭を鮮やかに飾るオンナノコ・フロート(トラックの山車)上に乗ってしまったのだった。
爽やかな秋晴れの空、しかもその空は北海道の大地、大平原へと続いている、を仰ぎ見て、自分の手にしたカラフルな風船を視界に捉えて、繁華街で休日を楽しむ善良な人々を車上から見下ろして、わたしは幸せを噛み締めていた。ピンクのウイッグや、その上に飾ったこれまたピンクのフワフワ触覚がずれてくるのを、時折り手を添え元の位置に戻しながら、沿道から声援を送ってくれる人々に笑顔で手を振り、ラブを送り返した。
「こんなものかしら、これくらい笑顔でいれば様になっているのかしら、もう少し仕草を工夫しなければ駄目かしら。」と、なぜか頭の中の思考する言語さえいつもと違ってしまいながら、ふと先を行くオープンカーへ目をやると、うずたかく積み上げてセットされたゴージャスなウイッグで、キラキララメラメと反射するタイトなドレスのドラアグ・クィーンが、魅惑的な腰つきで器用にシャシーの上に腰掛け、両手を天へと高く差し出し、彫像のように恍惚と決めのポーズをとり続けている。「負けだわ。全然かなわない。でも、あたしにはあたしのキャラがあるのよ。自信を失っては駄目。」身も心もすっかり、新米ドラアグ何某かになってしまっていた。
ああ、楽しかった。
宿泊所に帰って、普通のビジネスホテルには在り得ない、レインボーに変化する照明に照らされた、広々としたジェットバスに、ラベンダーの香りのバブルジェルを投入し、ジェットのスイッチを押して、湯船にふぅうと横たわった。どこまでも盛り上がってくる泡が全身を包み込み、耳の穴や鼻の穴に侵入してくるのを、出来得る限りそのままにしておきながら、またまた、幸せを噛み締めていた。
風呂上りには、エロビデオだった。同行の友人とともにキングサイズのダブルベッド上にどっかりと構え、画面を見据える。リモコンで無料エロ放送にチャンネルを合わせる。エロチャンネルは二つしかない。和ものと洋もの。友人は顔射シーンを心から憎み嫌っているので、大抵一巻の終わり段階になると、テレビに向かって、素早くリモコンが突きつけられる。移った先のチャンネルも同じ段階である時は最悪、二人とも軽いパニックに陥りながら、一時ニュース番組か何かに避難する。大方のエロビデオには手放しで喜べない、むしろ不快な気持ちになって落ち込んでしまうようなシーンが必ず含まれていて、エロな気分に浸りきることはなかなかに難しい。もし始めから仕舞いまで心置きなく楽しめるものに当たったとしたら、それは素晴らしく幸運なことだ。ジャンボ宝くじ3等くらいが当たるのとどちらの確率が高いのだろうか。ぼやきながらも、結局三晩怠りなくエロチャンネルを見続けた。
北海道へ来たからには、必ずカニ、ウニ、イクラを食して帰るぞと、出発初日意気込み過ぎて、朝から何も食べずに羽田を発って来たので、札幌市内に入った頃には空腹も我慢の限界を超えていた。それでついついそこらの回転寿司レストランに入ってしまったのだが、それはやはりそれなりのもの以上ではなかった。こんなはずではなかった。それで最終日、このままおめおめと帰るわけにはいかないと、観光ガイドの写真で選んだ小樽の寿司店を探し出し、メニューの写真を確認した上で海鮮丼を注文してみた。果たして、山盛りのウニ、イクラ、アワビ、炙りサケに覆われた大きなどんぶりが、どんと眼前に据えられたのだった。そう、これだ。箸を入れ込むと、端からイクラが数粒こぼれ落ちるくらいに、それはもう、載せることのできる限界までたっぷりとネタが盛られた、どんぶりものの模範だった。イクラの粒粒の一噛み一噛みに、またまたまた、幸せを噛み締めていた。
ああ、北海道に来てよかった。
旅先でなくても、北海道でなくても、小樽でも札幌でもなくても、レインボーマーチでなくても、ラブホテルでもビジネスホテルでもなくても、ピンクのウイッグを被っていなくても、泡に包まれていなくても、エロビデオが鑑賞できなくても、トラックの荷台の上でなくても、二度とカニ、ウニ、イクラ、アワビ等々を食することができなくても、キングサイズのダブルベッドの上でなくても、宝くじが当たらなくても、家にジェットバスがなくても、それでも、ラブピースな日々がこれからもわたしの、そしてついでにあなたの頭上にも数多降り注ぎますように。イクラの数ほどたくさん降り注ぎますように。
*札幌レインボーマーチ関係者の皆様、どうもありがとうございました。ご苦労様でした。