逆卍 それはすなわちナチスドイツの象徴だということを、知らない人もいるのである。知らないままに共通一次も成人式も卒業式も入社式も、無事に済ませてきたという人が確かにいるのである。その人は26歳正月のある日、カレシと睦まじくもんじゃ焼きをぐちゅぐちゅ弄るべく、とあるお好み焼き屋の扉を開いた。しかし店内は満席で、店の真中の少しひらけた注目されやすい場所に、その人は暫く立ったまま席が空くのを待つことになった。買ったばかりのミニスカート、縦に三つの逆卍が連なっていて、カーキー色の地に赤白黒の図柄が良く映えていた。
カウンター席にはおばちゃんが二人、すでに平らげたもんじゃ焼きのこげつきを金属のへらでしつこくガシガシとこそぎ落としたり、気の抜けたビールをごくりと飲んでみたり、お互いの話に頷いたり、頭を横に振ったりしていた。そのうち一人のおばちゃんがはっと息を飲んで動きを止めたのだが、もう一人のおばちゃんは自分の話に夢中でその小さな異変には気がつかなかった。
一人のおばちゃんはもう一人のおばちゃんの話が全く耳に入ってこなくなっていた。今そこに現れた、ネオナチギャルに目も心も奪われてしまっていた。毛糸の帽子にフード付きジャンパー、ミニスカとタイトなパンツ。今時誰でもするような普通の格好だった。邪悪さの微塵も無い。三連逆卍印そのものでさえ、新品であるゆえに目にも鮮やか薄っぺらなただの図柄に生まれ変わろうとしていた。しかし、なんじ逆卍よ、ハーケンクロイツよ、今のあなたのそのイデオロギーを聞かせて欲しい、ネオナチギャルを標榜して憚らない、その真意を聞かせて欲しい。おばちゃんが思いつめて席を立とうとした瞬間、カウンターの反対側から一人のおじちゃんが立ち上がり、ネオナチギャルに詰め寄った。
おじちゃんは一見して外国人である。何人なのかは判然としないが欧米人のように見える。少し癖のある流暢な日本語で「480万人の人が殺されました。あなたはどうしてナチスの服を着ているのですか。」と問うている。その表情は険しく言葉の端々が切なそうに震えている。ネオナチギャルの返事は小声で、おばちゃんの耳にまでは届かない。しきりに頷く姿からは状況判断としての平身的態度以上のものは読み取れない。おじちゃんは会計を済ませ、素早く店から立ち去っていった。
その後二人のおばちゃんは、座敷席に落ち着いていたネオナチギャルのところにまで、ブーツを脱ぐのが面倒だったので、畳の上を四つん這いなって辿り着き、「知らなかった。」という返答を抱えて、再び四つん這いになって戻っていった。「ナチスドイツを知らないの?」「ナチスは知っています。」「このマーク見たこと無いの?」「知らなかった。もう着ません。ごめんなさい。」ネオナチギャルの説明はあまりにも間抜けだった。悲しいくらいに。英国のヘンリー王子はハーケンクロイツを何だか知ってて身に着けたが、知らずに、たぶん「カワイイ」と思って身に着ける日本の若者。わたしに突きつけられたこの現実はいったい何だ、この不協和音はいったい何だ、おばちゃんは考えた。
おばちゃん達は以前一緒に、ソウルに行ったことがあった。一人のおばちゃんは在日朝鮮人である。多少のハングル語を習得している。街中のいたるところで、次々と見知らぬ人に声をかけた。地下鉄で隣に座ったアジョシに、屋台のアジュンマに、レストランのアガシに、「副大統領に女性が就任するかもしれないが、どう思うか。」とか、「日本の政治家のこれこれの発言をどう思うか。」とか、「日本軍従軍慰安婦についてどう思うか。」とか。
「知りません。」その答えに在日のおばちゃんは腰を抜かさんばかりに驚いていた。「知らないなんて、従軍慰安婦を知らないなんて、本当に知らないの?」「知りません。初めて聞きました。」「韓国人が従軍慰安婦を知らないなんて。」おばちゃん達は納得がいかず成す術も無く、暫くナンテナンテと繰り返すばかりだった。ところが韓国において従軍慰安婦を知らない人は、何もレストランのアガシに限ったことではなかったのだ。タクシーの運転士様も路上のハクセン(学生)も知らなかった。
あの時おばちゃんを打ちのめしたのは、戦争の記憶の失われていく速さだった。まだ当人たちが生きている、すぐ隣で声を挙げているその最中に、すでに「歴史」は遠くへ流れ去って行く。そうであるなら朝鮮半島の人々から見れば隣にさえいない、外国暮らしのこの「在日」という存在は、いったいどういう存在なのか。今あなたの目の前にいるこの人間はあなたにとって何なのか。「知りません」という一言が、まるで自分に向けられたかのように、おばちゃんは苦しかった。
もう一人のおばちゃんは在日のおばちゃんのこの思いを知り、10年前に演じられた一つのパフォーマンスについて話した。それはルーマニアのトランシルバニアから来日したマジャール人カップルの作品で、二人は並んで展示場ホールの冷たい床の上に横たわっていた。ちょうど今ごろの季節で外には雪もちらついていた。大きなガラス板が二人の体に載せられていて、ガラス板の重みと壊れやすさが、二人の自由を奪っていた。観客は、透明なガラスの下に押し込められた二人の動きを、上からすっかり眺めることが出来た。二人はマジャール語の歌を歌った。唇を動かし何かを呟いていた。ガラスに何か記そうと、できる範囲で必死に体を動かしていた。しかし、唇から漏れる声は意味が取れず、蠢く指先の綴る文字は読み取り難かった。観客は、彼らのもがくのを、ただ上から見下ろしていた。良く見える、だが見えない、それはそんなパフォーマンスだった。
在日のおばちゃんは暫く黙って考えていた。そして「いいパフォーマンスね。」と言った。もう一人のおばちゃんはその時、結局彼らは最後に書き記すことに成功したのだと思い出していた。ガラス面に綴られた彼らのメッセージ、それは「わたし達を忘れないで」だった。
*マジャール人とはハンガリー人のことで、約150万のマジャール人が国境紛争から取り残された形でルーマニア側に在住し、被差別政策を受け抑圧されてきた。最近では、ハンガリー側の在外マジャール人優遇政策が反対に不平等を生み出すと、周辺の国々から批判的に捉えられ問題になったりもしている。