女性の体をもって生まれた

女性の体をもって生まれた とわたしが気付いたのは、いったい何時のことだろう。それより前に遡って、体と言うものを持って生まれたと認識したのは何時だったのだろう。何時のことなのかはっきりした記憶はないが、ある時、わたしはじっと自分の掌を見詰めていた。これは「わたし」かと考えていた。わたしの手はわたしか。わたしの手がわたしなら、わたしという言葉の中にわたしがあることになる、それはおかしい。わたしがわたしの手を失おうとも、わたしが減ったことにはならない。わたしはわたしの手を失ったのであり、わたしはわたしを失うことはない。それなら、わたしは何処にあるのだ。わたしはわたしの指先を見た、掌から腕へ肩へ首筋へ、想像を巡らせた皮膚の下へ眼球へ脳へ。わたしは何処だ、何処にあるのだ。わたしの体にわたしは無いのか。わたしの体はわたしではないのか。で、結局考えることを止めた。わたしから体を分けるのは無意味とわかったから。わたしと体は統合されていてこそ、わたしは在るのだ。

第二次性徴のお年頃、その頃わたしはわたしの体が好きだった。興味を持っていたし、のびのびと振舞っていたと思う。胸は膨らみ始めていたが、まだブラジャー知らず、乳首が透けて見える薄手のシュミーズを着るのが好きだった。三面鏡の前で下着姿になりいろいろな角度から自分の体を眺めようとした。なにしろ急激な勢いで変化していくのだ、興味を持って当然だろう。陰毛が生えてきて、股の間が見たくなった。壁に飾ってあった大きな鏡を取り外し、床に置いて跨った。腰を落として鏡の中を覗き込んだ。苦しい姿勢を取りつつも、懸命に体を曲げてよく見ようとした。鏡を立てたり、体を転がしたり、腰を上げたり、いろいろと試みた。大陰唇に指を添えて開いて内側を見ようとした。新鮮な肉色が印象的だった。そして恥丘のあたりにだけ生えてきたとばかり思っていた陰毛が女性器の周りや肛門近くにまで及んでいることを発見し、少しばかり驚いた。

わたしの体は変化し続け、何処から見ても誰から見ても「女らしい」ものとなった。ブラジャーを買い与えられた。大人の女になるには不可欠な物なのだろうと考え、意味も解らず、夜寝るときにまで着用していた。星飛馬の大リーグ養成ギブスもかくやあらんという気持ちだった。

そしてついに、わたしにとっては思春期の悲しみの始まりとも言うべき体験をしたのだ。スリムなジーパンが流行っていた。小遣いを握り締め、名のあるジーンズショップに一人で行った。インチという聞きなれない単位で選ばなければならなかった。学校の友達は26インチのを買ったと言っていたっけ。26インチはしかしとても着られそうになかった。28インチを試着してみた。無理だった。30インチ、駄目だった。32インチ、パッツンパッツンだった。そしてその店に置いてある女性用ジーンズの一番大きいサイズ、34インチ。ウエストがガバガバだったが、お尻部分は小さめで、縫い代が股に食い込むようだった。わたしはお尻が異様に大きい、わたしは初めて自分の体を恥ずかしいと感じた。お尻が大きすぎる、着るものが無いくらいに! たかだか一軒のジーパン屋が世界中のお尻の大きさを決めているわけではなかったのだが、世間知らずの六年生には衝撃だった。

お尻が大きすぎるというコンプレックスは30歳過ぎまでつきまとった。わたしは自分の体が恥ずかしくて仕方なかった。後ろから大きなお尻を見られないように、何かというと壁際に立とうとしたし、肩掛けカバンで常に腰のあたりを隠そうとしていた。30過ぎてお尻が小さくなったわけではなかったのだが、その頃また別の、お尻にまつわる体験をしたのだ。韓国は釜山で現代美術の交流展があった。韓国側のスポンサーの趣向で、美術展とは別に韓日交流のためにと、お楽しみパーティが催された。プロの司会者がマイクを持って場を盛り上げていった。美大生のロック・バンドや伝統舞踊団の華々しい出し物が続いた。そしてアーティスト達が駆り出され、韓日歌合戦やじゃんけんゲーム、果ては誰が一番かゲーム。一番背の高い人は誰、一番髪の長い人は誰、そしてついにわたしの出番がやってきた、一番お尻の大きい人は誰。

そのゲームには決勝戦というものがあった。選ばれ勝ち抜いてきた二人が皆の前でお尻踊りを披露し勝敗を競うのだ。そんなこと恥ずかしくてできないわと、韓国の美大生が尻込みしている。対戦相手は日本人アーティスト、言わずと知れたフーサンその人。その人は、もう完全に開き直っていた。面白いじゃないか、やってやろうじゃないか、これで韓日の友好が固められるのなら、わたしのお尻くらいいくらでも振ってやる、よおく見ておれ皆のもの。ディスコティックな音楽がスタートし、わたしは観客の前に後ろ向きの中腰になりお尻を突き出して、それはもう必死に前後左右にスピーディに強く激しく振ったのだ。始め一緒に腰を振り出した美大生は、もう絶えられないとばかりに床で笑い転げるしまつ。会場は笑いの渦だ。全員が腹を抱えてヒーヒー言っている。笑いを通り越して息が出来ずに苦しんでいるふうだ。わたしは額に滲む汗といっしょに、お尻コンプレックスを振り飛ばそうとした。これだけやればもう何も恐いものはないだろう。

それでわたしは自分のお尻を取り戻したのだった。企画はずれの役立たずの異様なものから、わたしを表現する力強い身体へと。しかしまだ言いたいことはある。自らの身体を受け入れるのに、これほどの紆余曲折を経験するとはどういうことなのだ。わたしはどうしてジーパンのサイズに縛られなければならなかったのか。人前でお尻を振るなんていうふざけた真似を強要されて、それを断るよりも思い切って、相手の思惑以上に思い切って振ってしまう方が、よりわたしを解放したというのはどういうことなのだ。世界は身体を規制するもので溢れている、もっと言えば、世界の秩序とは身体を規制することだ。特に女性の身体を持って生まれたからには、世界の秩序は甚だしくきつい。

わたしにとってのボディ・イメージを説明しようとして、つまり乳がんとはわたしにとって何であるのかの一端を解き明かそうとしているつもりなのだが、今回はお尻話だけで字数が尽きた。いつおっぱいに辿り着くのだろうか。では、また来週。



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