ローカル・コミュニケーション・ルール

ローカル・コミュニケーション・ルール について。特に法規以外の、いや「以上」の交通ルールから見えてくる、その土地柄特有の相互関係のあり方について、コミュニケーションの間合いについて、つまり速度と車間距離の関係について、今回は特に癌を差し置いてお話したい。何しろ無事に帰還したわけだから、インドネシアはジャグジャカルタのモーターバイク・ケイオスから。

10日ぶりのトーキョー、ジャパン、山家事と見紛うほどであった大量の杉花粉もわたしの居ぬ間にどこへやらと吹き飛ばされ、日差しは柔らかく優しく、都心の排気ガスはたいした事はなく、空気は澄み渡っていた。爽やかだった。以前あれほど鬱陶しいと感じていた車の群れが、今はほとんど気にならない。何台連なっていようが、あくまでも車線の中に収まって、制限速度で静かに走り去る四輪車、わたしの目にはそこには何も無いかのようにさえ見える。ああ、あの一信号50台は下らないモーターバイクの群れ、群れ、群れはどこへ消えたのか。今は幻、今は思い出。耳に残る街の喧騒、目前を埋め尽くす数々のヘルメット、それをかき消す排気マフラーからの煙、そして右手に残るアクセルとブレーキングの感覚、左足に残るロータリーギアの踏み心地。トーキョーがこんなにのんびりしたところに見えるなんて、物足りないところに見えるなんて、驚いている。ジョグジャカルタの過剰なバイク・バイク・コミュニケーション。まさにハラハラドキドキの連続だったが、生きている感この上も無かった。

ジャグジャ在住の友人が、2台のバイクを使いタンデムで移動することを提案したとき、バイクに乗らなくなってから、かれこれ10年以上もたってしまったことを思い出し、わたしはただ、自分の運転技術が体の感覚として残っているのかどうかだけを心配していた。しかも海外で後ろに人を乗せての運転である、慎重を期する必要があるなと考えた。考えたけれど、バイクに乗るかと聞かれて、断るはずは無かった。学生の頃、趣味と言えばツーリング、生活の糧と言えばバイク便、愛読マンガと言えば「バリバリ伝説」という青春を過ごしたわたしとしては、ちょっとした切ないような気持ちとともにビューティフル・デイズ・アゲインと内心つぶやいていた。

しかしジャグジャはそんなに甘くなかった。バイクにまたがった途端、わたしの持っていた交通ルールの常識が、次々と覆され、打ち砕かれていった。車間距離という概念はわたしの個人的な勝手な思い込みだったことが判明し、センターラインというものも目には見えるが意味は無いということでしか解釈は成り立たず、優先道路などというばかばかしい「うそ」をわたしはいったいどこから聞いてきたのか、記憶さえ混乱していった。車両とは○○であるとか言うような一文が交通法規のテキストに書いてあったような気がするが、その中にはきっとベチャ(自転車が押す客車)や、アンドン(馬車)や、煙幕に包まれて見えないバスや、積荷が左右2メートルくらい張り出した自転車や、ギター或いはランチのお盆を抱えた人や、杖をついた年寄りや、屋台を押す人や自転車なども含まれていたに違いない。その形態は車両ではないというのなら、あんなにも悠然として車道上に生息することができる理由を、誰かわたしに教えてほしい。

わたしは生まれ変わらねばならなかった。今まで信じてきた交通上のコミュニケーション・ルールを全て捨て去った上で、目を開いて心を開いて、周りを絶え間なく往来する先達から教えを請わねばならなかった。しかも突然理由のわからない穴があったり、びっくりするようなマンホールなどの突起物があったりと、車道そのものに対しても気を抜くことはできなかった。先達は態度で示す、汝行きたい方へ行きたいように行けと。更に、どこから現れたものであろうと人の行く手を遮ってはならないと。そして、汝ひとりに非ず、常に隣人と伴に生くるものなりと。又は謎めいて、スキマはそれを欲する者のものなりと。そんなルールはいやだ、わたしはひとりで静かに走りたい、などというわがままは通用しない。なにしろ命がかかっているのだから。郷に入っては郷に従えということの、これほど差し迫った状況が他にあるだろうか。

ジャグジャの道路は比較的狭い。おそらく急激な車両の増加に道路の整備が追いつかないのだろう。今でも王宮にはスルタンがおわすというインドネシアきっての古都で、街のあちこちに城壁、城門の類が点在し、道路の拡張や統合整備を阻んでいるようだ。また、大学が多く人口の25パーセントが学生と言われている。若い人が多いところにバイクは多い。ただ、ジャグジャではお父さんお母さんその間に挟まれた幼児(決して一人とは限らない)というふうに、一家全員が一つバイクの上という光景も珍しいものではないのだが。

信号の無い交差点も多い。優先道路というものは一応あるのだろうが、そんなことを頑なに守っていたら、いつまでたっても渡れない。そこでどうやって交差していくのかと言うと、バイクは「行きたい行きたいそっちへ行きたい」と語りかけるようにして少しずつせり出して行っていいのだ。そのうち同じ方向に行きたいバイクが溜まってくる、鰯の群れのように一塊が大きくなってくる、みんなでいっしょに「行きたい行きたいそっちへ行きたい」と合唱するエンジン音も大きくなっていく。すると何となくこちらが優勢になって、あちらが速度を落としかける。「わかったよ、そんなに言うなら渡っていいよ」とでも言っているかのようだ。そのとき躊躇してはいけない、素早く堂々と渡りきる。

以前、京都で片側三車線の大通りを走っていたときに、一番中央寄りの車線から、一台の車がウィンカーも出さずにひょろひょろくねくねと車線を変更し、ついに左折して去って行ったのを目撃したことがある。「チョイトドイテオクレヤスー、エロウスンマヘーン」と車がしゃべっても驚かなかっただろう。東京では急ブレーキ音やクラクションが巻き起こり、ちょっとしたパニックが起きるような場面で、京都のドライバーは誰一人として、怒ることなく、ぶつかることなく、何事も無かったかのようにイレギュラーを飲み込んでしまったのだ。わたしはそこに京都人を見た思いだった。

では、わたしはジャグジャカルタ人を見たのか。そうなのだろうおそらく。けれどジャグジャ・バイクライフ体験は、「見た」というような客観的なものではなく、わたしはその場で即刻ジャグジャ人に成る必要があったので、無我夢中だったので、ジャグジャ人はどうだとかこうだとかと言うことはできない。ただ、ちょっとしたことでいちいち、「わー」とか「ぎゃー」とか大きな叫び声を挙げていた変な東京人は、周りの皆さんに迷惑だったろうかと今さらながら反省するのみである。


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