がんに対するイメージ

がんに対するイメージ が、がん患者であるわたし自身、この2年間で大きく変わった。2年前、コラムを書き始めた頃、実を言うと、「がん」「癌」「ガン」と書くのは本当にいやだった。特に「癌」という字は見るのも恐ろしく、ジー・エイ・エヌ・エヌとキーボードを打つだけで、一歩一歩と死へ近づいているかのように息が詰まった。それで一生懸命挑むような気持ちで、敢えて「癌」と漢字で綴った。それほど力瘤たてなくてもいいんじゃないの、という思いのときは、少し軽い気持ちで、「がん」とひらがな表記にしたりした。人知らざる葛藤である。

たいていの闘病記の類では「がん」とひらがなで表記されている。皆、やはり「癌」と書くのはあまりに切ないのであろうか、とか思っていたのだが、ある時、専門医ががんとは肉腫等を含む広範囲の悪性新生物であり、癌とは上皮内悪性新生物のことである、と言っているのを聞き、上皮内ということの理解は差し置いて、なにやらわかったような気になったのだった。一般的にがんを語るときは「がん」と書くのがお約束のようだ。わたしはこのコラムでがんの表記を統一しなかった。それは、「癌」「がん」「ガン」という字面から感じられる、意味とは別の、字の持つ「気」みたいなものを気にしていたからからだ。がんはわたしにとって、とても感情的な存在だったのだ。そんなわたしが、癌という字から呪いのような禍禍しい「気」を感じなくなったのは、ただ単に、癌という字を見慣れたからに過ぎないのだろうか。

こんなことも思い出す。最近はとんと聞かなくなったが、一昔前はよく、駄目なもののことを「癌」と隠喩していた。「消費税は日本の税制における癌だ」(今聞くと、文意自体に驚かされるけれど)などのように。「母が癌で死んだことを思い出すのでやめてくれ」など、こう言った負のメタファーを批判する声はもちろんあったのだけれど、わたしの考えでは、そのことが理由でこのような隠喩が影を潜めたのではないと思う。批判精神に基づいて考え方が変わったのではなく、罹患する人が増え、がんが一般的な病気になったから、「○○は癌だ」と言ってもあまり説得力がなくなったのではないだろうか。助かる人が増えたということももちろん影響しているが、「癌」は究極であり特殊な不幸というイメージは今や随分なくなった。

わたしはいつしか、がんを普通の人がなる普通の病気であると思うようになったのだが、しかし始めのうちは、がん患者がそれほど大勢いるという、わたしにとって新しい日本社会のイメージに慣れなかった。母のがん死はわたしのトラウマであり、がんは忌むべきものであったのだ。日本人の3人に一人はがんで死ぬ、2人に一人は一生のうち一度はがんに罹患すると聞き、隠された地獄絵に慄いたものだ。皆、どうして平然と日常を送っているのだろうか、電車に乗っては、この車両の中に今がんと闘っている人は何人いるのだろうかとか、プラットホームに立っては、このホームの上にいる人の3人に一人、あの人とあの人とあの人は、がんで死ぬのか、などと妄想した。

平然たる日常を維持しているのは、第一には想像力の限界だろう。がんがこれほど身近であるにも関わらず、多くの人にとって自身ががんになることはイメージし難いことである。核攻撃というイメージを持つことが出来ても、自分の体ががんに冒されるというイメージはなかなか持ち得ない。がんは突然やってくる。がんになったその日から、心理的にも現実的にも、大きな変化に襲われる。今までの日常が微妙に、地すべりのようにスライドしてしまい、もう元へは戻れないのだ。がんになる前に、なったらどんな気がするのかと考えてみても無駄なのかもしれない。がんってやつは、なってみなけりゃわからない、というところは確かに、無きにしも非ずだ。

ユル・ブリンナーというハリウッド・スターがいた。彼が肺がんの宣告を受け、短いコマーシャルに思いを託した。「わたしは長年煙草を吸ってきました。そして肺がんでもうすぐ死にます。ネバー、ネバー、スモーク。」トレードマークの坊主頭で、病み衰えて鋭さを増した眼光で、物静かに語りかける口調には、ぞっとするような迫力があった。それでもわたしは彼の「遺言」を、煙草をふかしながら眺めていたのだ。20年後、自分もがんになるなんて、全く思いもしなかった。そしてわたしは、医者にがんだと言われる前の日まで煙草を吸っていたにも関わらず、今では喫煙者を憎んでさえいる。我ながらこの変わり身を滑稽に思う。滑稽なものになりたくなくて、肺がんの治療を受けつつ喫煙するがん患者を見かけたことがあるけれど、いずれにしろ滑稽なものである。滑稽にならない唯一の方法はがんになる前に喫煙をやめることだろう。(余談:映画「コンスタンティン」は禁煙奨励映画だが、あのばかばかしさ、わたしは結構好きである。「喫煙」が持つファンタジーを鼻で笑っていて、楽しい。がん患者としてお勧めの一本。)

わたしは最近やっと、周りの友人に乳がんの早期発見、つまりマンモグラフィによる検診や、触診による自己検診の話をするようになった。これはまた一つ、わたしの持つがんに対するイメージが変わったからなのだ。かのNスペで「日本のがん医療を問う」という特集があった。冒頭で紹介されていたのは、日本とアメリカや欧州のがん医療の歴然たる格差であった。日本ではがん死亡率が増加の一途であるのに、アメリカや欧州ではとっくの昔に死亡率は減少に転じていた。またまた現金な己に呆れるのだが、そのグラフを見て遅ればせながら考えた。がんで死ぬのは仕方ないと、生きることを半分諦めることで、自分自身の心の平然を保っていたのだなあと気付かされたのだ。がんの脅威は自然のものと思っていた。しかし見方を変えれば、わたしたちが作り上げてきたこの社会の、このシステムの産物かもしれないと考え始めたのだ。

なぜこんなにも日本のがん医療は遅れているのであろうか、という絶望と同時に、反対に、わたしはこの番組で希望を得た。人間はがんを克服できるかもしれないと。減少に転じた死亡率のグラフは、例え僅かであっても確実にがん撲滅へのベクトルを描いている。そう思えた。がんの治療は、いくらガイドラインが増えようが、患者にしてみれば、はなはだしく不確かなものだ。効くも抗がん剤効かぬも抗がん剤、当たるも八卦当たらぬも八卦てなもんである。だからわたしは生きるも死ぬも自然にお任せしようと、そんなような気持ちだったのだがしかし、お任せしていたものはどうやら「自然」ではなかったらしいのだ。

わたしが生きるためにもがくことは、わたしの命が延びるだけのことではないのかもしれない。そう思えたことで、微妙にスライドしてしまった世界観を、なんとかぐいと引き戻して、生きることに疑いを持たなかった自分を、もう一度見つけ直そう、掴み直そうと思う今日この頃なのだ。


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