自分に対するイメージは、なかなか変わらないものである。例え大病をしようとも、累累と年月が積み重ねられようとも。
わたしは自分をどう思ってきたのか、その筆頭に丈夫というものがある。病気になって、体力も落ちたし、体もなまったし、歯も弱って、腹筋もできなくなったというのに、それでもまだわたしは、自分が丈夫であるというイメージから抜け出せないでいた。「本質的」に自分は人より体力があると思っていた。今駄目なのは、たまたまであって、「本来」はとても丈夫、素晴らしく丈夫、自慢するほど丈夫、だと思い込んでいた。では、いつその「本来」に戻ることができるのだろう。放っておけばそのうち元に戻るはず、今までずうっとそうしてきた。風邪薬も腹薬も頭痛薬も、そんなものみんなわたしには必要無いと、そう豪語してきた。でもちょっと待って、抗がん剤が終ってから、もうかれこれ1年半にもなるというのに、どうして今でも10回の腹筋さえできないのだろう。
丈夫自慢その1、もともと白血球数は7,500だった。それがエピルビシンとシクロフォスファミドとフルオウラウシルのお陰で4,500にまで下がった。見舞いに来てくれた友人に聞くと彼女は確か4,000位のはずだと言った。その答えに満足して、こんなになってもまだわたしは、人より白血球が多いと彼女相手に自慢していた。お恥ずかしいことだ。
丈夫自慢その2、がんになる前からめったに風邪を引かなかったが、覚えている限り、がんになってからも、まだ一度も風邪を引いたことが無い。でもこれは、かえって少しおかしくないか?2年間一度も風邪を引かないなんて、風邪を引かないのはなんとかと言うではないか。
丈夫自慢その3、見るからに丈夫そうに見える。がん患者にはまったく見えない。でも、本当はほとんどのがん患者はがん患者に見えないのだが。それにがん患者は痩せているというイメージは間違っている。特に乳がん患者では、ホルモン剤の影響などもあり、以前より太ってしまう人が圧倒的に多い。ちなみにわたしは10キロ太った。たったの1年半でだ。この先、このタモキシフェンというホルモン剤、わたしは太り薬と呼んでいるが、これをたぶん私の場合、効いている限りは服用すると思われるので、最終的にいったいどれくらい膨れ上がるのか、楽しみである。
丈夫自慢その4、高校生の折、「立派な骨だねー!標本に欲しいくらいだよ。」とレントゲン写真を眺めていたご近所形成外科医を唸らせた。いっしょにその写真を眺めていたわたしも素人ながら、膝関節からけい骨にかけてのずぶっと太く真っ白な骨の写真にうっとりとした。しかしその話、随分昔のことだ。27,8年も前のことである。
というように、わたしは良い意味での不束、太くて丈夫だ、が良く似合う女なのである。しかし過信は禁物だ。というかすでに、過信した結果こうなってしまったわけだ。わたしが自分にもちゃんと弱いところがあるのだと知っていれば、始めに気がついた頃、しこりが米粒くらいだったごく初期の頃に、抜かりなく診察を受けていたことだろう。そして手術して、このエッセイを書くことも無く、さっさと乳がんとはおさらばしていたことであろう。わたしは重い荷物を自分で運んできたし、立ちごけした中型のオートバイを自分で持ち上げていたし、フェミニズムが女にYes, I can. I can do it all.と言わせたことと直接的には無関係に、わたしは何でも出来る、わたしは何が起きても大丈夫と思い込んでいた。けれど、重い荷物といっても、それは本当はたいした重さでもなく、中型のオートバイなど、こつさえ掴めば小学生にだって起こせるかもしれず、確かにほんの少し平均よりは丈夫であったかもしれないが、それを自分らしさの筆頭にもってくるほど抜きん出て丈夫であったわけでもないのだ。
ただ寝て暮らしていても体力は回復しない、腹筋は使わなければ見る見る衰えていく。そのことに気がついたのはごく最近のことだ。少し前まで、体調が元に戻れば筋力も自然についてくるだろうと、甘く見ていた。抗がん剤は正常な細胞もキズつけるから、一時的には白血球が減少したり体毛が抜けたりするが、しばらくすればまた元に戻る。そう聞いていたので、「しばらくする」だけですべてが元に戻るというふうに漠然と考えていた。そんなはずはなかった。第一閉経してしまった。これはどうやったって元に戻らない。あっ、そうか、これはひょっとして「衰え」というやつではないのか。今までわたしが持っている自分のイメージの中にはなかった新しい感覚だった。「丈夫」をすべて諦めたわけではないけれど、わたしは「衰え」という感覚を自分らしさに加えることで、初めて、少しばかり丈夫幻想から抜け出せそうな気がしたのだ。
いつまでも緩んだままの腹に業を煮やし、わたしはヨーガを習い始めた。「衰え」というやつは楽天的なやつで、親しげな態度で物怖じせずにどんどんと上がりこんでくる。まだ居残りたい「丈夫」に危機感が走り、しかたがない、「丈夫」と「衰え」は手に手を取って、仲良くヨーガを習うことにしたのだ。「片足を上ー。はい、もう片方も上へー。腹筋でーす。下腹を支える力を感じてー。」インストラクターの声に合わせ、わたしは仰向けの姿勢からくの字になるように両足を高く持ち上げた。すぐに腹筋がぶるぶると震え始める。「足の裏を平らにー、上に何かを載せているようにー。」それは無理な相談だった。わたしはあっという間に限界を感じ、足を下ろした。信じられない、いまどきの言い回しを使えば、それはあり得ないことだった。ただ足を上に上げるだけのことが10秒もできないなんて。ああ、あり得ないことだった、ほんの2年前までは。
2時間のプログラムを終えてぐったりしてしまったわたしに、そのヨーガ教室を紹介してくれた友人がにこにこと声を掛けてきた。「どうだった?気持ちよかった?」「くたびれちゃったよ。けっこうハードだったねえ。途中でいやになっちゃったよ。」「そっか、それなら途中で止めればよかったのに。」「えっ!」途中で止める、わたしには考えもつかないことだった。これを、目からうろこが落ちたというのであろうか。無理だと思ったらやらない。そんな簡単なことさえも、自分のイメージというものにがんじがらめになっている身にはなかなかできないことなのだった。
2年間かけて、命のあれこれを考させられて、結局わたしが悟ったことは、衰える自分を受け入れるということだったのかもしれない。そう考えると、なんだかうふふと笑いたくなってくる。衰える自分は死ぬ自分よりずうっと楽しいからだ。がんとうまく付き合って生き長らえていくことは、衰える自分と楽しく暮らすことになんだか似ている。