パンが無ければお菓子を食べればいい

パンが無ければお菓子を食べればいい と言ったのは、マリーアントワネットさまである。けだし名言。マリーアントワネット的世界観と飢えた民衆の世界観との大いなるギャップを、ご本人はお気付きでなくとも見事に言い当てている。それともう一つには、マリーアントワネットさまのジョークセンスの高さを物語って余りある。いくら贅沢な暮らしをしているからと言って、パンが食べたいときにお菓子を食べればいいなどとはご本人も思うまい。だから、これはジョークだと思う。今回の話題は別にフランス革命とは関わりない。ただ、それぞれの状況の違いはいくら言っても伝わらない、いくら聞いても実感が無いという例え話。先週に引き続き、フィンランド見聞録。

フィンランドで知り合ったアーティストに「あなたは恵まれている。」と言うと、きょとんとした目をこちらに向けた。そしてわたしの意図が伝わらなかった証拠に彼女はこう言った。「一人のパフォーマンスアーティストが5年間ものグラントを政府から貰っている。彼は男よ。」どうやら、女性アーティストの評価が不当に低いということを訴えたいらしい。それを聞いてわたしが考えていたことはこうだ。日本には、パフォーマンスアートなどと言う海のものとも山のものとも知れないような流派もないような芸術分野の、しかもアーティスト個人に対する助成金など、ビタの一文もない。日本での助成は主にアートイベントの運営に対して成されるのであって、アーティスト個人の日頃の生存権は認められていないに等しい。市場原理に委ねられ、野垂れ死にしようがアート活動を手放してしまおうが、まったくおかまい無し。だからほとんどのアーティストは作家活動とは別の職業を持ち、制作が中断されることの焦燥感と、これではまるで「自称アーティスト」にすぎないというような罪悪感に苦悩する。本当に非生産的な苦悩だ。そんなことを考えていたので、彼女の投げかけてきた、アート業界におけるジェンダーバイアスという話題に頭を切り替えることができなかった。

それでわたしはこう言った。「あなたにはスタジオがある。」すると彼女の目は再びきょとんとした様子になり、「だって、お金を払っているのよ。」と言った。わたしはもうけんか腰である。「たったの百ユーロ!」「そう百ユーロ、わたしにとっては大変な金額よ。」「へへん!東京だったら、一千ユーロよりもっと払わなくっちゃ、スタジオなんか借りれないんだよ!」彼女に憤懣をぶつけても何もならない、ぶつけるべきじゃない、そう思いつつわたしの声は少し荒ぶる。彼女はもうきょとんとした目をしていない。わたしの発言に何の興味もなさそうな、空ろな視線を何となくこちらに向けているにすぎない。「スタジオはまだまだ数が足りないの。空くのを待っているアーティストもいるのよね。」わたしは内心「そんなこと知るかよ」と毒づいている。きっと彼女も「一千ユーロ、そんなこと知るかよ」と思っていたに違いない。

わたしたちは今回女性のパフォーマンスアーティスト交流展という目的のもとに集った。当然、「ぶっとばぜジェンダーバイアス!」みたいな話題に現を抜かすはずであった。だがしかし、それがどうにもうまくいかない。わたしたちのバックボーンはあまりにもかけ離れていたから。フィンランドはヨーロッパで最も早く女性が参政権を獲得した国と聞いた。どのように獲得したのかと思い調べてみたら、1907年、初の国政選挙のときから、当然女性には参政権があったそうである。ちなみにフィンランド議会がロシアからの独立を宣言したのが1917年。つまり国として、政治参加に男女の差別をしていたためしがないのであった。地球上にこんな国があったとは。そして現在、女性の社会進出は世界でも最高レベルにあるという。おまけに現フィンランド大統領は女性なのであった。これはもう、話が通じないわけである。しかしそれでも、フェミニズムに出番が無いわけではないのだ。フィンランドの女性は言う。子育てのために休職するのは女性の方だ、これは男女平等ではない。同じ仕事をしても、男性のほうが良い給料を貰いがちである、これは男女平等ではない。いつでもどんな分野でも先に評価されるのは男性のほうである、これは男女平等ではない。

わたしは思う、そうか最後の砦はどうやら賃金格差らしいな、やはり金(カネ)か。がしかしそれに対して、日頃もっと別のもっと低いところで虐げられ、根性のひん曲がっている日本人のわたしは、「そうだそうだ、ゴー、ゴー、ダンジョビョウドウ!」などと一緒に盛り上がることを忘れ、ひたすら羨ましいフィンランド、帰りたくないトウキョーシティと思うばかりであった。澄んだ空気、爽やかな気候(まあ、冬のことは知りませんが)、豊かな自然、それを大切にする心、巨大でも複雑でもなくちょうど住みやすい大きさの都市、じゃんじゃんお湯の出る給湯システム、白夜のせいか余裕があるような気になる時間の流れ、白人の端くれのくせに、まったく優越的な態度がとれない気の良い人々。

フィンランドはいわゆる北欧型福祉国家と呼ばれる国である。教育費、医療費は無料、社会保障も充実している。税金が高く、消費税率22%、消費税を含めた税金負担率は60%にもなるという。日本とはそもそも社会形態が違う、とはよく言われるところだ。アーティストへの助成の手厚さも、このような福祉国家ならではのことだろう。政治と文化と生活がうまく噛み合った、人間を大切にする国、というのがわたしのフィンランドに対する印象だ。

帰ってきて、改めて思う。何で我が国はこんなに人間を苛むのか。我が国では皆多かれ少なかれ、言いたい事を言わず気持ちを抑えながら生きている。我が国では都市部の空気は汚れていて、騒音が激しい。その上、「マナーを守りましょう」だとか「忘れ物をしないように」だとか「足元に御注意」だとか、余計なお世話の構内放送がいつでもいつでもわんわん響いている。煩わしい、気が狂いそうだ。きっと日本社会は、すでに、だいぶ気がふれているんだろう。もちろんわたしはフィンランド社会に詳しいわけではない。フィンランドにだってそれなりに問題はあるのだろう。しかし、そんなこと知るかである。何となれば、それはフィンランド人の問題だから。わたしは日本人なのである。つまりわたしがこんなの嫌だとか、もう少し何とか良くならんかとか言える権利のあるのは、日本という国に対してだけなのだ。それがわたしにとって、自分を日本人だと言う理由だ。

フィンランドの社会を例えば、素朴で美味しい、食事に必ず付き物のパンだとするなら、日本の社会はさしずめ、栄養バランスを欠いた、甘味料と着色料と甘い香料、そして保存料のたっぷり入った、一見とてもおいしそうなお菓子のようなものだろうか。わたしたちはこのままお菓子ばかりを食べ続けていくのだろうか。マリーアントワネットさまは言うだろう、「あらやだ、あれはただの冗談よ。ほほ。」


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