男女関係 と言っても、恋愛感情を挟んだ関係については、わたくし大変苦手であって、自他ともに「門外漢」を標榜する身の上。と書いたところで、本題に入る前にちょっとぼやきたくなった。恋愛ができなくてもいいじゃないかと。もちろんいい、誰も他人の恋愛の心配までしちゃーいないよって、これで話は終ってしまうだろうか。聞く耳が例え無くとも、独り言。
「昨今、まるで恋愛していなければ死んでいるかのごとき風潮。恋愛中でなければ人としての魅力皆無がごとき風潮。そも恋愛とは何ぞ? 人を好きになるってことだけじゃないと思うぞ。恋愛は日常生まれては消えていく取り留めの無い感情の様々な機微の掛け合いであり、見透かし合いであり、誤魔化し合いであり、構築でありぶっ壊しである。つまり好きか嫌いか好きか嫌いか好きか嫌いかと延々と問いかけ合っている状態。しょせん、門外漢の言うことなので、チガウとお考えの方にはごめんなさい。この門外漢、いったい何が言いたいのかと申せば、単に、恋愛って面倒くさいと思う、というつまらない独り言であるのことよ。」
わざわざ言うほどのことかとお思いの向きもあろう。しかし言う必要もたまにはあるのだ。例えば、わたくし先日実は、「キレイニナッタ」とお褒めいただき、恐縮いたし候。「どうして、何があったの?」とお尋ねになるので、「ヨガを始めたせいでしょうか。」とお答え申し上げたが、すかさず、「恋してるんでしょ! 羨ましいわあ!」 やんややんやと皆様楽しそう。「いいえっ。」きっぱりと否定したにも関わらず、皆様全く動ずる気配無く、やんややんやと楽しそう。人の言ってること聞いちゃいません。こういうとき、わたくしは門外漢らしく内心考える。「これは恋愛全体主義とも言うべきものであって、イズムの押し付けなのである。ふふん。」と。
さて、本題。お盆休み、おっかなびっくり実家に行ってきた。何がおっかないかと言えば、大抵2日目の晩あたりにつまらないことで父親と言い争いを始めてしまうからだ。昨年は「どうなる三菱自動車」で、ほとんど怒鳴り合いになった。声を荒げて罵り合っている二人に割って入るのは、当年とって95才の祖母。しわくちゃの顔を悲しげに歪め、白髪を振り乱し、「やめて下せー、やめて下せー、どーして仲良くしないのかあ。」と。ビジュアル的にはかなりの修羅場だ。祖母自身も、泣かされる年寄りという哀れな役どころを思う存分堪能するがごとく、一度登場したらなかなか後へは引き下がらない。嘆願するような調子でどんどん喰らいついてくる。母親に叱られて、「おばーちゃんはいいの!」などと子供がえりする父を見てようやくわたしはしらけて、終わり、というパターン。
少々解説すると。わたしは常時父に対して「謝れ」と思っている。おそらく父も非言語的な領域でそのことを感じている。そしてそんなわたしの反感を修復することも含めて「従え」と念じているのだ。だから争わずにはいられない。「三菱自動車」に意味は無いのだ。
「小泉はけっこういい。」今年の発端はそれだった。全く持って、聞き捨てならん。「この裏切り者。」「何だ!」「自民党だから駄目なんだって、小学生のわたしに教えたのはあんただろう。あの頃は民社党(とっくにありません)に入れてたじゃん。」「俺はもう年寄りだから先のことは関係無いんだ。」「無責任!」「いいのだ、これで!」「それなら早く死ねば。」「何だと! 親に向かって言うことか。」「その前に、この酔っ払いに付き合わされた45年返してもらおう!」「何だかわからん。」「45年は大袈裟かも、20年分でいいから返せ。この無駄な時間。」「育ててやったろう。」「まったく、毎晩毎晩酔っ払いやがって、迷惑なんだよ!」(おお、長年掛けてやっと核心に近付いてきた。結構言いたいことが言えてるわたし、進歩!)「皆で楽しくすればいいじゃないか。」「楽しいのはあんた一人。酔っ払いに付き合わされるほうはちっとも楽しくないんだ。皆あんたの犠牲になってきたんだわい!」「なんだよ、長女はそんなに偉いのかあ。おーい、K子! おーい!お姉ちゃんがいばってるぞ!」驚いたことに、父は同居の末娘に助けを求めた。これは初めての事態だった。父が言い返してこない、敵に背中を見せている、しかも、まるで「お母ちゃーん」と呼ぶのと同じ響きを持って、自分の娘を呼んでいる。
更に驚いたことに、父の要請を素早くキャッチし、台所でウロウロしていた妹が「はいはい、お父さんどうしましたか。」と、タイミング良く現れたのだ。しかも、手にはスイカの切ったのを盛った皿、紛うかたなき主婦の出現だった。彼女にとって父はもはや単なる父ではなく、「ウチの主人」であるのに違いなかった。いつの間にかこの二人の関係は落ち着くところに落ち着いてしまったようだ。わたしはこれを「男女関係」と思うのだ。実の父娘の間に男女関係! と肝を冷やしておられる方のために、もう少し点描させていただこう。例えば、妹は黙っている父に「今日の甲子園はどこが勝ったの?」と話し掛ける。自分は野球放送を一瞥もしないというのに。オタクな彼氏のゴタクを聞いてあげている彼女を見かけることは多いが、ここではもう一歩進んで、ゴタクを引き出してさえあげているのだ。愛情深い光景なんだろう、「男女関係」の規範で言えば。
「きみ、すっかり主婦だね。」と毒づいたつもりが、「えへへ、そうかな。」と喜ばれてしまった。ウチの妹も結構変わった奴である。「どうしてお父さんは、ポリシーのない変なことばかり言うのだろう。」と聞くと、「それは、お姉ちゃんが相手だからだよ。」という。「男女関係」を踏まえない女とお話をすると男は頭に血がのぼり、自分の言っていることさえおぼつかなくなる。妹よ、そういう意味だよね、それ。
昨年来、祖母は耳が遠くなり、荒ぶる声も届かないので、もはや割って入ることも無い。文字通りこの茶番劇の間中、隣室ですやすやとお休みであった。