がん患者ライフにつきものと言えば、 それは検査。治療中の患者はもちろんのこと、無治療の患者も、検査をすることで、ああ、わたしってがんだったっけ、と思い出すものだ。無治療なのに患者と呼ばれるのも、病気ががんであればこそかな。体調が良くても、腫瘍があればがん患者。腫瘍がなくても、再発が懸念されるうちはがん患者。今回は検査にまつわる小話あれこれ。
久しぶりに会う友人から、ある共通の知り合いががんで亡くなったという話を聞いた。その方は、食欲が落ち、食道あたりに明らかな違和感を認めつつ、どんどん体力が落ちて、どうしようもなく体調が悪くなったことでやっと病院に行った。検査は発見のためではなく、それががんだと確定するためになされた。そしてやはり誰もが考えた通りにがんだったわけだ。その方がなぜ、そんなにも悪くなるまで病院に行かなかったのか、本人にきくことができない今となっては本当のところはわからないのだが、なかなか病院に行かなかった一人として想像するところでは、やはり病院に行くことに慣れていなかったと言うことがあると思う。キーボードに触ったことのない人が、インターネットなんて今生ではやらなくても困りゃしないなどと、タカを括っているのと似ている。興味が無いわけではない、キーボードの操作を覚えるのがおっくうなのだ。つまり治療したくないわけじゃない、ただ病院に行くのがおっくうなのだろうと思う。中年期以上になっていればなおさらのこと。大病院の患者になって、手術されたり、検査されたりするという新しい体験を、どうやって始めたらいいのか解らない。それが全てではないにしろ、こんぐらかったたくさんの理由のうちの一つには、そんなこともあったのかと思う。
「風邪かしらと思っていたのだけど、咳がとまらないので検査してみたら、肺が真っ白だったのよ。センセイは肺気腫だろうって言ってたけど、大きな病院で再検査しなさいという話で。」「で? 再検査の結果は?」「行ってない。」「何?」「だから再検査してないの。前にもあったし。もし悪いものだったらいやじゃない。」「悪いもの? がんとか?」「違う違う。肺気腫の人はがんにはならないらしいのよ。」そこでわたしは堪えきれずにガハハと笑った。がん患者を前にして、この世にがんがあることを忘れようとしているのだ。これが笑わずにおられようか。「肺気腫ってどんな病気? それにかかった代わりにがんにならない病気なんて無いよ。がんは誰でもかかるんだよ。」目を見て話さなければと思い顔を覗き込むと、友人の目は怯え色に潤んでさえいる。本気で恐いのだな。わたしは気の毒になり、追求の手綱を少し緩めることにし、「そう、早く検査した方がいいよ。何でもなくて安心した方がいいでしょ?」と一般的な慰め言葉で終わりにした。本当は「このアホンダラ! さっさと検査に行かんかい!」と怒鳴ってしまいたいくらいだったけれど。
またあるがん友達に先日病院の待合室で会ったところ、いきなり、「ドントタッチミー!」と言うではないか。聞けば、PET検査を受けてきたばかりだから、体に注入された放射性元素で被爆するぞという話。飛行機での海外旅行一回分くらいは被爆するらしいとの補足説明。「へえ、飛行機って被爆するのか。」「成層圏に近いからじゃないの?」なんともおぼつかない会話ながら、検査は体に悪いのよねとの結論。がん患者になってからは、腫瘍マーカーの値が上がったとか、咳が出るとか、腰が痛いとか、頭が痛いとか、お腹に違和感があるとか、変えた薬が奏功しているかどうか確認するためとか、何でもないけど定期的にとか、様々な理由で何かと言うと検査検査だ。一旦は治っても、いつ再発してくるのかわからない病気だけに、不安な気持ちは付きまとう。再発防止の治療期間が終わっても手放しで喜べないのががんなのだ。普通は喜ばしいことと思われるだろうが、無治療になった不安というものもがん患者は体験するのである。特に乳がんは先が長い。友人の場合は、定期的に受けていた血液検査で、腫瘍マーカーが微妙に上がってきたので、自覚的な症状はないが全身の検査をすることになったのだ。安心させるためだろう、主治医は「このマーカーはあまり当てになりませんから。」と言い添えたそうだ。例え検査の結果が良くても、当てにならないマーカーに心乱されたこの数週間の苦痛を無かったことにはできない、とがん友達は恨み節のトーンを上げた。
久しぶりのがん話、締めくくるのはやはり本人の巻き。人様をネタにするだけでは納まりが悪い。しかし、再発は早く見つけても予後は悪い、そう聞かされながらの検査だけに、あまりやる気も湧いてこないと言うのが正直なところ。一年前のレントゲンでは消えていた胸骨の転移が、今年5月の検査でまた同じところに現れてきていた。消えた消えたと無理矢理喜んでいたあの部分だ。「前回の検査ではたまたま写らなかっただけで本当は消えてなかったのでしょうか?」「うーん、そうかも。」「胸の原発のがん細胞と胸骨のがん細胞は性質が違うのでしょうか?」「そう言うこともあるのかも。」結局、検査をしてみてもわかることには限界があるということなのだ。今回の検査でわかったことは、二年間飲み続けた薬が胸骨転移には効いていなかったということのみ。それで薬が変えられた。まだ副作用の比較的ソフトなホルモン剤は別の種類がたくさん残っている。ただ効くのかどうかは使ってみなければわからない。それを知るためにまた検査。「12月にMRIの予約を入れましょう。」「えっ、また!」「奏功しているか確かめないと。」「12月は忙しいから1月にして下さい。」わたしは思わず検査を先延ばしにした。そんなにしょっちゅう強い磁気浴びたくない、放射性元素打たれたくない、レントゲン線も浴びたくない。
またがんがゆっくりと動きだしてきたのだろうか。手持ちのカードが一枚減ったなと、ちょっとした感慨に耽りもしたが、他への転移はまだなさそうで、随分のんびりしたやつだなあと、がんに対しても本人に対しても半ば飽きれたような気にもなった。「がんかもしれない皆さん、さあ、腹を括って検査に行って下さい。この後に及んで、何でもなくて安心した方がいいでしょとは言いません。もしも、がんでも大丈夫。すぐにどうこうなるわけじゃありません。ただ新しいことが始まっていくだけ。」などと書いてみて、これはまるで自分への励ましであると気がついた。