1993年のある昼休み

1993年のある昼休み 町工場地帯のはずれにある定食屋で、わたしは首にタオルをぶら下げたまま、ニラレバ炒めを割り箸にはさんで、せっせと口中に運んでいた。タオルは少しちくちくした。しかしそれにももうとっくに慣れていた。まるで綿のようにふわふわとした細く透明なガラスの繊維、グラスファイバーは、工場中に浮遊しているので、タオルと言わず作業着と言わず、おそらくは肺の中にも少し、わたしの体はグラスファイバーだらけだったことだろう。こんな体に悪いアルバイト早くやめたいなとか、ニラレバ炒めおいしいななどと考えながら、わたしはひとりきりの昼食を楽しんでいた。

朝飯抜きであったので腹が減っていた。夢中になって飯をかき込んで、ようやく腹具合いが落ち着いた頃、わたしの耳にテレビの音声が聞こえてきた。その定食屋には小さなテレビが一台あったが、どこの席からでも見えるようにと高い位置の釣り棚に設置されていたので、なにかしら神棚を彷佛とさせた。見たくない人もいるのになあと考えながら、なんとなく画面を見上げ、わたしは箸の動きをとめた。そこにはまことに印象的な光景が映し出されていたのだ。この店で昼食を楽しんでいる工員服や作業着姿の、汗や埃や油にまみれた労働者諸君の頭上に、薄暗い店内の照明に比べてずっと明るく美しく光り輝くテレビの画面に、「皇太子殿下ご成婚」の様子が映し出されていたのだった。純白のウエディングドレス、ティアラに縁取られた笑顔、沿道には小旗を振る数えきれないほどの人々、二人を乗せた車が近付くにつれ沸き起こり波のように伝播していく歓声。

ナンナンダ、このシチュエーションは! わたしはまるでそうとは知らずに臨時の役者として舞台に立たされでもしたような戸惑いを感じた。レバニラ炒めは急に味もそっけもなくなってしまった。このときほどわたしは自分の身分というものを思い知ったことはなかった。わたしは「国民」であり、労働者階級であり、首にタオルを巻いたおばさんであった。おもしろい! まるでタイムスリップ! まるで戦前! まるで歴史映画! そしてわたしは労働者階級の女の役、顔に泥でも塗ればよかった。わたしは歴史に参加しているのか、これは自分史の重要な一コマなのか。なんだか急に巻き込まれちゃったのでよくわからないが、意識しようがしまいがわたしは「国」のための労働者であった。そしてわたしはそのとき「国」を見ていたのだ。十把一絡げにされた小旗を振る人々やテレビを見上げる人々と、幸福の象徴として衆目に晒されている二人の男女と。このときは戸惑ったがしかし、ようはわたしの胸先三寸だった。話は簡単。問題はわたしがここで感動するかどうかだけであった。この国の形を素直に受け入れ「日本国民」としてエンジョイできるかどうかってことだけだった。そのための演出は完璧だったのだ。ところがわたしの感覚は随分ピントがずれていて、演出のテーマを差し置いて、この舞台で得た役柄に見事なまでにはまっている自分の姿に、少しばかり興奮していたのであった。

2005年のある昼下がり、今度もわたしはそれをテレビで見ていた。テーマは内親王結婚の儀。演出は記号的に非常に複雑で異例続き、次に何が起きるのかわからず、いやでも「日本国民」のわたしは多少ハラハラしながら画面を見ていた。これは国の行事? それとも天皇家と黒田家の行事? それでは「天皇」とは名字にもなり得るわけ? いや天皇って個人の尊称でしょ? わたしはもう、結婚の儀以前から何がなんだかわからなくなってしまったのであった。何よりも、人前では象徴としての役割でしか存在しないはずの天皇と皇后が皆と同じテーブルについているとは! テレビの画面という絵の中で、天皇の席次の後ろに人が映っているとは! しかも乾杯のシャンパングラスを掲げて、皆に慈愛深く微笑んでいる天皇皇后に応えることなく、先にもう飲んじゃっている人が(たぶん都庁関係)、画面にしっかり映ってしまったとは! 今日は天皇はお休み? 今日は普通のお父さんとお母さんなわけ?  だんだんわからなくなってくる。今日の天皇家を「国民」としては、理想の一家としてのみとらえましょうというわけ? それならそこにいるのが若貴兄弟であっても、たいした違いはない? いやいや大いに違うぞ、若貴は自分で金を稼いでいるのだから、本当の理想からはほど遠い。本当の理想? ほほほ本当って何かな? ますますわからなくなってくる。

それにしても、結婚式とか披露宴とかで、頭にかぶり物やアクセサリーをいっさいつけず、まったくいつもと同じ髪型で通した花嫁というものをわたしは初めて見たのだった。まさか花嫁という存在自体の否定? それならジミ婚どころかアバンギャル婚だ。歴史的だ! とフェミフーの妄想はどこまでも飛翔していった。それならこれは結婚式ではないかもしれない、結婚式というよりは皇女降家の儀式、言わば別れの儀式、生まれ変わりの儀式なのか。おめでとうと言うよりはさようならという気分になってきた。「結婚はカモフラージュよ」などと、皇女がつぶやかくはずはない。もちろん、皇女はトレードマークの微笑みを一瞬たりとも消すことはなかった。

世の中は女系天皇を認めるか、いやいや守り通すぞ男系、目指せ宮家復活、いやいやこの際天皇不要、などと各方面で波乱の雲行き。近付いてくる遠雷を聞きながら、立ち去って行く清子さん。自信に満ちたそのおかっぱ頭。女を主人公にしてみれば、天皇家という制度も随分違って見えるものだなとわたしはこの日改めて思ったのだった。もはや話は単純ではなくなった。


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