紅葉の季節

紅葉の季節 同じものの一つとしてない、さまざまに色づきさまざまに傷んだ落ち葉を寄せ集めて、どんぐりや石ころを組み合わせて、土の上に即席の絵を作って楽しんでいたのは、わたしにとってはずっと昔のこと。地球はうまずたゆまず太陽の周りをぐるぐるまわり続け、何度も何度も春が来て夏が来て秋が来て冬が来る。でも、本当はそれほどたくさんの季節を味わえるわけじゃない。運が良くて、たったの数十回。そう考えると、陽光の中にただ身を置く、そんな一日が過ごせれば幸せ。などと、たまには素直な自分に浸ってみる。だって秋だもの。通りすがりに買った鯛焼きを頬張る。おいしいなあ秋だなあ。

そんなに暇なわけではなかったけれど、なんとなく散歩に出かけた。それをすでに世間では「暇」と呼ぶのであるらしいが、と浮世離れなふり。住宅地をぶらぶらしながらも、紅葉している美しい庭木を目標にして歩いた。林芙美子記念館というところに辿り着いた。そこにそれがあることは前から知っていたけれど、いつか中を覗いてみようと前から思っていたけれど、色づいた木々の葉に誘われて、今日は自然と足がそちらの方へ向いたのだった。

わたしの名はふみ子という。母が憧れの作家の名に因んでつけた。自らの才能だけを頼りに波乱万丈の末、成功を手にする。そんな女成り上がり一代記を夢見て、母はふるさとを脱出した。女子高生だった。どうも入った学校が気に入らなかったらしい。登校拒否の沈んだ日々の末のことであったらしい。いったい何をして過ごしていたのか、詳しいことは聞いていないけれど、数年後、身を寄せていた親戚から勧められるままに、母はわたしの父と結婚してしまったのだった。そして母の女一代記はお流れになった。林芙美子という存在はいったい何人の家出娘の金字塔であったのだろうか。そして、意志を貫き、プチ或いは超林芙美子となった娘はいったいどれほどいたのであろうか。それとも一人もいなかったのだろうか。

門をくぐるとなだらかな傾斜。突き当たりの受付で150円を支払う。さして広くもない敷地であるのに、前庭へ通じる勝手口にまずは「順路→」と記した看板。いかにも公共管理物件らしい余計な気の使いようである。建物は生活棟、アトリエ棟と二棟に分かれ、勝手口はその間を結ぶような格好になっている。小さな土間を抜けるとそこは中庭。今や大きく育ったモミジがいっぱいに枝を広げ、真紅千枚の葉が訪れる人々の頭上を覆い尽くす。「生涯を住む家となれば、何よりも、愛らしい美しい家を造りたいと思った。」と彼女が言うように、隅々にまで気を配って精巧に設計された建物であるにもかかわらず、きっちりした端正なものという印象はなく、大らかで生活感のある、やはり「愛らしいもの」であった。

自分で家を建てることがあるとは思っていなかったそうだが、資金に余裕のあるわけではなかったそうだが、林芙美子、一旦、建てることになってからのこだわりは凄い。建築関係の本を二百冊近く求めて、材木、瓦、大工についての技術に通じ、立ち退きの期日を無視して、建築家とともに一年余りにわたってプランを練りつくし、評判の大工を探してはその仕事を何ヶ月もかけて見てまわったという。彼女の生業は言葉の作家だったけれど、この家は、書き残した小説と同じように素晴らしいもう一つの彼女の作品となったのだった。しかも自分のために思う存分心を注いで造った作品。家を建てるのってとても楽しそうだ。「家は生涯三軒建てよ」と言われる。つまりはじめの一軒目は何かしら失敗を経験し、今度こそと思った二軒目でも何かしら不満は残り、三軒目にしてようやく満足のいくものが建てられるという意味なのだが、これははじめの一軒である。林芙美子って、凄い。

わたしもいつか自分で家を建ててみたいものだ、訪れる人の中で、そう思う女性も多いことだろう。それはまるで女の書いた小説のように、女の心の内におとなしくしている、自分であることの欲望を呼び覚まし、夢を描かせることのできる家なのだ。建て主の過ごしたかった日常や、感じたかった風や、見たかった光りや影を、自分の身の丈で感じることの出来る家なのだ。それだけに、室内に入ることが禁じられていて、来館者は外から中の様子をうかがうことしかできないのが、どうしても残念だった。いかに開けっぴろげの開口部だらけの建物とはいえ。芦花公園の蘆花記念館は同じく一般公開された有名文筆家の住まいであって、こちらのほうは廊下を辿り、広い邸内の隅々を眺めてまわり、縁側から庭園の眺めを楽しむことも出来る。京都の三千院だって、龍安寺だって中に入ることができるのに。「なんだってんだ。」結局いつもなにかしら文句のあるわたしであった。

自分で建てた家に住むのはどんな気分だろう。わたしもまた、自分で家を建てることがあろうとは考えにくいご身分の一人であるのだが、今、半ば無理やり持とうとがんばっている「人間並みの自尊心」を、ごく自然に持ち得るのではないかと想像する。心に余裕が生まれてしまうような気がする。フェミ! フェミ! 言っていたのが、たぶんフムフムくらいになってしまうような気がする。そう、「家父長」というだけのことはある。わたしは今仕事上「一人親方」と呼ばれる身分だが、次に目指すは「一人家父長」というのはどうだろう。

「胸くその悪い男や女の前に芙美子さんの腸を見せてやりたい」と記した芙美子さん。そんなあなたの気高くもグロテスクな自尊心は、あなたの肉体とともに消えてなくなってしまったのでしょうか。あなたの終の棲家に漂う気配は、愛らしく穏やかな、それは「何でもないもの」とでも言いたいくらいに、ただ穏やかなものでした。



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