ワイ王国 の王様は歴々代々男と決まっていた。王様といえば男、男でなければならなかった。ワイ王国にはしかし男以外に女というものも住んでいた。女とは男を産むものである。社会の安定のためには、女の産む子供の数をコントロールする必要があったが、どれくらい産むべきなのかなどと女は考えなかった。それで子供の数を調整することが、ワイ王国の大臣たちにとってまことに大切な仕事となっていたのである。
そこへもってきて、さらに重大な問題が発生した。はじめ、王様も大臣もそのことに気がつかなかった。何十年も前から、将来そのような危機が訪れるはずでございますと進言する学者もいたにはいたのだが、あまりに不吉な話であったので、誰も信じようとはしなかったのだ。それは王家の断絶だった。ワイ王国の王様は歴々代々、神代の昔から、尊いワイ遺伝子という唯一無二の王家のお印を、恐れ多くも、その体内に受け継いでおられた。本物の高貴な肉体、肉体そのもの、まさに生ける御本尊、まさにまさにワイ王国の根本であらせられた。そのワイ遺伝子が、断絶しようというのだった。
王様には一人の姫君があった。しかし姫君の肉体には当然ワイ遺伝子はなかった。もしかしたら間違って、ひょっとして、今回に限り、姫君の肉体にもワイ遺伝子があらせられるかもしれないなどと言い出す生物学者があったので、とりあえず、一応、姫君の御髪を一本引き抜いて、調べるだけは調べた。やはりなかった。
これは困ったことになった。ワイ王国とは、王様はワイであるという意味であり、ワイがなければ王国もないのであった。つまりワイ王国のおしまい。ことここに至って、王国の半分は大騒ぎになった。半分、つまりもう半分であるところの女たちは、この危機の重大性を理解しなかったので、別段誰も騒がなかった。そこへ、ある生物学者から画期的な提案がなされた。ワイ遺伝子は何代経てもかわらないものなので、王家の遠いご親戚から新しい王様をたててはいかがでしょうと言うのだ。全会一致で王様と同じワイ遺伝子を見つけ出そうということに相成った。それで、王様の御髪が一本引き抜かれ、王国一番の生物学者に手渡された。
王様のワイ遺伝子の塩基配列が調べ上げられた。王様のワイ遺伝子の塩基は四種類、アデニン、グアミン、チミン、シトシン。要するに下々のものと同じだった。しかし、その配列が問題なのである。「大して違わんな」最新のコンピューターで素早く解析された王様ゲノムを映し出したモニターを睨んで、王国一番の生物学者はつぶやいた。生物学者は延々と繰り返されるA,G,T,Cのアルファベットの並びを眺めることにすぐに飽きた。そして、「王国一番のわたしが、新しい発見のない仕事をするなんて、たいへんな時間の無駄である」とつぶやいた。
それを助手は聞き流さなかった。助手は助手としては王国一番の助手であった。助手として一番ということは、すでに人間としては、助手として完成しているということであり、彼はすべてにおいて助手なのであった。つまり言われたことはやるが、言われないことはやらない。自分で考えることはしない。そして驚くほど良く働く。彼は王国一番の生物学者が王様の尊いワイ遺伝子に関して述べたことを、一言も漏らさずに日誌に書き込んだ。生物学者が報告会でその一行の申し開きに窮したことは言うまでもない。その後、哀れ王国一番の助手は、雇い主から、王国一番のバカ助手と罵られたが、それもしかたのないこと。まあ、話の枝葉はおいて、先に進もう。
王国一番の生物学者が必死になって述べた申し開きの内容はこうだ。「ワイ遺伝子は何世代経っても変化しません。交わりません。わたくしは王様のワイ遺伝子に関しては、この王国随一の識者であります。で、ありますもので、よく見知っておりますもので、わかりきっておりますもので、そのように申し上げましただけのことでございます。わたくしは王様のワイ遺伝子は一目見ればわかります。ええ、そうですとも、わたくしだけが、そのように素晴らしい学者なのでございます。ご安心の上、すべてを、この王国一番のわたくしめにお任せ下さりませ」。報告会の他の面々は、これ以上くだくだと「王国一番」と聞かされるのはたまらんと、全会一致で、すべてを彼に任せることにした。
それで、生物学者は推薦状のついたたくさんの遺伝子を調べることになった。王家と血のつながりのある家系のものはもちろん、隠し子スキャンダルや貴種流離妄想のもの、この際血のつながりよりも金と権力にものを言わせるものまで、それはもうたくさん。しかし始めの一個、王様本人のものを調べたときに既に飽きていたくらいなのだから、この学者が自ら進んで労を執るはずはなかった。すべて、王国一番のバカ助手が一人で成し遂げたことであったのだが、まあ、話の枝葉はおいておこう。
驚くべきことが判明した。王様の尊いワイ遺伝子と同じ配列を持つワイ遺伝子が山のように発見されてしまったのだ。王家と血のつながりのある家系にももちろん(中にはなぜか違うものもあった)、隠し子スキャンダルや貴種流離妄想のもの、金と権力にものを言わせているだけのはずのものの中にまで、非常な高率で、尊いワイ遺伝子が発見されてしまったのだった。実際、王様候補は多すぎた。しかも、みな同じだったので優劣を競うことはできなかった。数千人の王様候補を前に、生物学者も歴史学者も経済学者も文化人類学者も国際政治学者も医学者も国学者も数学者も、そしてそれぞれの助手たちも、みな途方にくれていた。ただ、かの王国一番の助手だけは相変わらず淡々と、日々自らの仕事をこなし続けた。それからついでに、瑣末なことだが、一人、大声でガハハと腹をかかえて笑った学者がいた。王国一番の女性学者。まあ、一番といっても一人きりだし、たいした影響力はないので、置いて、先に進もう。
それで喧喧諤諤連日連夜大討論のすえ、今やワイ王国には数千人の王様がいた。国家行事のときなど、ワイワイがやがや大変な騒ぎであった。「ワイこそはワイ王国の王様や!」「ちゃうちゃう、ワイやワイやあ!」「ワイはなあ、ワイ王国の王様やで」。やはり歴史上、尊いワイ遺伝子はワイ王国西部に多いようであった。
ああ、思った以上にくだらない落ちに辿り着いてしまいました。ドーモ、スミマセン。
では今週はこの辺で、また来週。