松の内終了早々

松の内終了早々、 初がんセンターに行ってきた。昨年の10月に投薬の種類を変えたので、胸骨転移のその後を確認し、薬が効いているかどうかを知るための検査を受けたのだ。MRIつまりMagnetic Resonance Imaging(磁気共鳴画像)診断、これを受けるのは早4度目である。被爆しないのでレントゲンより体に優しい検査方法と言われている。しかし、強い電磁波をたっぷりと浴びるわけなので、人体になんの影響もないとは言い切れないと思う。それに狭いトンネルのような空間に数十分間閉じ込めにされるので、閉所恐怖症気味の人には大変評判が悪い。さらにゴンゴンゴンというか、ダンダンダンというのか、とにかく凄い音がする。検査を始める前に耳栓をするので、耳が痛くなる、というようなことはないが、静寂を好む人にとってはかなりの苦痛だろうと思われる。

わたしの場合幸いにも、どちらの苦痛ともあまり縁がない。検査の間中、ズダダダダダダと響く音を、下手なノイズ系バンドの演奏を聞いているようなつもりで、目を瞑り、なんとなくうつらうつらと過ごしている。狭いかどうかは目を閉じていればわからないし、わたしが日頃うるさいと感じるのは意味のある音、たいていは言葉なので、機械的で単純な音がいくら大音響でもあまり気にならないで済んでいる。実は幼少の頃、ノイズィな大音響が異常に好きだった。鉄道のガード下がわたしのお気に入りの場所だった。列車が頭上をガガガガガガと通っていくたびに大興奮、「おもしろいでしょ! おもしろいでしょ!」と叫んでいたものである。それを見た祖母はこの子は頭がおかしいと思ったということだ。つまり、わたしはMRI的環境が結構好きなのであった。

ただいやだなと思うこともある。検査は途中で一旦中断し、患者は寝たままトンネルから引っ張り出される。「造影剤を打ちます。右手がいいですか、左手がいいですか。」と話しかけられる。注射器を構えたドクターの方へ視線を向けようとすると、すかさず、「動かないで!」と叱られる。撮影する部位(私の場合は胸部)に、ガットのないラケットのような、ロンパールームの先生用手鏡のような、つまり持ち手のついたわっか、それがベルトやテープで固定されていて、ずれてしまうと画像が駄目になるそうなんである。手先くらい動かすとか、咳払いくらいは許されるのだが、首を傾けたり肩を浮かせたりすることはご法度だ。だから、注射針を注しているドクターが「あれ?」とか、「おかしいな」とか、「一度抜きますね」などと言っているときに、わたしの腕に何が起きているのかを確認できない。これは不安である。疑り深い性格の人には結構辛いはずである。

その日は廊下で順番を待っているときに、珍しく隣の老夫婦が話しかけてきた。「あなたここに入院しているんですか?」始めにわたしに言葉を向けたのは夫のほうだ。質問の真意がわからず戸惑っていると、「わたしはね、ベッドが一杯で入院できないんですよ。」と半ば独り言のようにつぶやいた。「この人はもう手術もできないし、抗がん剤もできないしね。」と妻が補足説明。「薬はたくさん飲むんだ。全部痛み止めね。脳転移したやつはガンマナイフでやっつけましたよ。」二人で競うように病状を話して聞かせてくれる。ときどき私の病状への質問が差し挟まれる。「あなた手術は?」「ああ、してません。しても意味無いそうで。」「あなた恐くないんですか。」「ああ、あんまり考えてません。」すると突然患者本人である夫は立ち上がり、「先生が待ってるぞ。もう行くぞ、行くぞ。」上着の袖に腕を通しながらあたふたと歩き出した。「それじゃ、お大事に。」妻は慌てて夫を追いかけていった。どうして急に行ってしまったのだろうか、取り残されたわたしはあれこれ考えた。きっとわたしの思いも寄らぬ理由であるに違いなく、考えても無駄なのだろうが、それでも思い当たるとすれば、きっとわたしの受け答えがあまりに張り合いのないものだったからかもしれない。同情やシンパシイの表現が足りなかったからかもしれない。年寄りの話は感心して聞くものであるということをつい忘れていた。同じがん患者だからとあまり気を使わずにいたけれど、こんなところで会ったのでなければ、突然話しかけてきた年配の方にはもっと優しく接したはずである。ちょっと失敗。反省しきり。

その後、検査室に呼ばれ、無事終了し、出てきたときに同じ場所で、こんなところで会うはずのない、つまり再発転移していないがん友だちと遭遇したのだった。MRIは精密な検査である。MRIを受けるということは、わたしの経験上では、そこにがんがあるからだった。「どうして、こんなところにいるの。」そう言ったのは、ほとんど二人同時だった。頭の中を不安がよぎる。わたしは、俯き加減で元気のない彼女から理由を聞き出そうと、隣に腰掛けた。それで、検査を受けに来たのが彼女ではなく、わたしたち共通のがん友だちだということを知った。彼女は付き添いのためにそこにいたのだった。急激な病状の変化は、ほんのここ数日の出来事だったそうだ。変化をもたらした病巣は、今までまったくその存在を確認されていず、懸念すらしなかった場所にあったのだそうだ。思わず感情が高ぶり、目頭が熱くなる。「あらら、フーサン。」振り返ると、検査室から出てきた彼女は、いつものようににこにこと微笑んでいた。わたしはとにかく、ここで言葉を失うわけにはいかないのだった。何しろ彼女は微笑んでいるのだから、わたしが世界を放り出すわけにはいかないのだった。「脳転移したやつはガンマナイフでやっつけましたよ。」そう言ったときのあの人の楽しそうな笑顔を、もう一度わたしは思い出していた。


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