自由と責任

自由と責任 とは、こりゃまた大きく出たものである。保持し続けているがん細胞ともども、呑気ということなら誰にも負けないわたしとしても、最近の「患者主体の医療をめざす動き」に目を向けてみれば、そこのところを自分なりに考え直さないわけにはいかない。患者を主体にすること、それはつまり患者の自己判断、自己決定権の及ぶ範囲を、どこまで拡張できるのかということにほかならないから。

自己決定権、考える自由、選ぶ自由、自由! 自由! 自由!さて、わたくし中学一年の夏休み、「自由について考える」という夏季合宿に参加したことがあった。いや正確には、教師が参加する生徒を選別していたので、自主的に望んで参加したわけではなく、参加させられたというわけだった。別にいやいやではなかったけれど。山歩きをしたりスポーツをしたりゲームをしたり。数十人の生徒と引率の教師とが炊事や掃除の当番を協働でこなし、共同生活をしながら、夜な夜な「自由」について討論を重ねた。最終日、百論あい乱れ、自由に盛り上がる中学生の議論を半ば中断させるような格好で、時間切れだからと口を挟んだ教師の、結論としてその場に打った楔、「自由には責任が付いてきます」。それはそうだ。だけどそれはタイミングとして、生徒の自由な思考を奪い去り、停止させる楔となった。それはまるで「自由」は罪で「責任」は罰と言っているように、わたしには思えた。「自由は枠の中にしかありません、枠を越えてはいけません、責任を取らされたくなかったら、おとなしく枠の中にいましょうね」。その暗黙のメッセージは、楔を打った教師の言葉からだけではなく、運動させ、奉仕させ、誘導され教え込まされる、予定調和的な合宿のプログラム全体から発せられていた。そもそも、普段は与えられていない「自由」を合宿の間だけ特別に与えられ体験させられながら考える「自由」とはいったい何だろうか。

当時はそんなやり方に強い反発を感じたが、今になって思い起こせば、あの合宿は結構いいところを突いていたのかもしれない。日本社会とはこういうところだと、うまい具合に五感で感じるようにプログラムされていた。もちろん楽しかった。授業や教科書から離れ、何かいつもと違う高尚なことを考えているような自由な気分。親元を離れクラスメートと枕を並べているという自由な気分。「自由」は「自由な気分」という紛い物に置き換えられ、「責任」を学ぶ機会は省略され、具体性の無いただの脅しとして植え付けられた。そのような諦念を持つことが、大人として立派にこの日本社会に参加していく上で、必要不可欠の「教え」だったのだろう。身につける優先順位の高い「道徳」だったのだろう。矮小化された自由、矮小化された権利、矮小化された自己、それらの観念はわたし達の共通認識事項であり、だからこそ「自己責任」という言葉が発せられるとき、発した者は管理者となり、その言葉は脅し文句として受け入れられ、あっという間に全体に浸透していくのだ。わたし達はそのような社会に住んでいる。ただ住んでいるだけでなく、安住してさえいる。

ところががん患者は、そのような社会に安住できない。安住していても楽しくない。がんという病を得た途端、社会の枠組みが身近に押し迫り、欲しいものは枠の外にある、という事実を「発見」するからだ。まるでベビーベッドの中で手を伸ばし泣き叫ぶ無力な赤ん坊だ。「その机の上の、がんに効くクスリ!取って下さい!わたしに下さい!隣のベビーベッドにいる赤ん坊は飲んでいるのに、どうしてわたしにはくれないの!?」「お前は日本の赤ん坊だから。」「わたし、わたしは、本当は赤ん坊なんかじゃありません!だから下さい!」「あげられないよ。」「あなたは誰?何者です!神?それとも悪魔?それともお医者さん?」「わたしかね、わたしはただの政府の役人だよ。」「ええっ!」「厚生労働省って知ってる?わたしには国民を守る責任があるからね。」「その責任、わたしにも分けて。」「あなたに責任はない、安心しなさい。」「下さい!責任と、自由と、がんに効くクスリ!」「ああ、何を言っているのかわからない。あなたはがん患者だから仕方ないのかもしれない。病気なのだから。弱者なのだから。心配しないで、ゆっくり休んで。ねんねんころりよ、おころりよ、ころりと死ねないがん患者よ。」とまあ、こんな状況。それはベビーベッドではなく、鋼鉄製の檻だったのだ、というホラー的状況。

がんに効くクスリの種類は日本でその使用が認められているものに限っても何百種類とあり、決して選択の幅がないわけではない。しかし病状が進行し、健康保険で使用認定されたクスリを、あらかた使い果たした厳しい状況に立つ患者の場合、クスリによる治療をそこで諦めざるを得ないとき、それと引き換えに、生涯打消し難い憤りを手にしてしまう人は決して少なくない。海外で自分と同じような病状の患者を何人も助けているクスリが、日本では使用が許可されていない、許可に至るまでに数年から十数年かかることが予想される、という事実に直面するからだ。さらに、たとえ許可された治療薬、保険の利く治療法であっても、日本全国平均して全てのがん患者が正しくその恩恵にあずかっているとはとても言えないし、悲しいかな、その方向にあるとさえも言えないのだ。

「日本のがん医療レベルは世界のトップクラスにあると思います。」千葉県がんセンター長である竜崇正氏のその言葉には自信と信念が漲っている。世界の各地から、そのトップクラスの医療を求めて来日する患者が増えているとも聞く。それは確かに日本でがん患者として生活していくことへの、明るい材料の一つではある。しかし一方で、その素晴らしい最新の医療はいったいどこにあるのだと、大半の患者は、砂漠で水を探すような苦労を強いられている。或いは水があることも知らず、砂漠にさ迷いこんだことを嘆いている。規制が悪いという話ではない。もう少し天井を高くしてくれれば、背の高い患者もまっすぐに立つことができるのに、という話だ。二足歩行する人間らしく、まっすぐに立っていたいという話だ。

この祭、呑気にのほほんと構えている場合ではないぞと、何だか最近そんな気がする。中学生だったあの夏の日からこっち、少しは大人になったのかい、と自分に向かって問うてみる。自由と責任、今度こそ本当の答えを見つけることになるのだろうか。


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