つまり、男女共同参画ってこと?

つまり、男女共同参画ってこと? と聞き返すと彼は、「あはは、そうそう、そうです。」と楽しそうに笑った。彼はわたしに対しては、いつも楽しそうにしている。わたしのちょっとした冗談も聞き流さずに、必ず、良いタイミングで笑い声を返してくれる。つまり、かなりわたしに気を使っている。もっと自然にしていていいんだよ、などと言ったところで、彼が喜ぶはずもない。わたしに気を使って、自分をあまりさらけ出さずに、この身分差で固定された関係を崩さずにいたほうが、彼とわたし双方にとってラクチンなのであるから。わたしとしても、「物足りない」と思うのは贅沢なのであり、このままで信頼関係を継続していけるよう努力するべきなのだ。互いに深まらないことに気を使う関係、つまり雇用関係上にある最低限のルールを守り合うこと。彼に対しては、職人として滞りなく現場で実力を発揮し、仕事を完了させることのみを期待し、わたしはその対価を期日に間違いなく入金する。それ以外のことはスパイスみたいなものに過ぎない。しかしわたしはもう少し話題を突っ込んでみた。「それで、どうなの、女の子といっしょにプレーするのって、楽しい? それともやりにくい?」前部座席でこんな会話をしていると、いつの間にか後部座席の二人の会話は途切れてしんとなった。朝早からの現場の帰りだから、二人とも疲れて眠ってしまったらしい。

車に乗り込んだ直後は、仕事が終った解放感と、乗り慣れた車の中に身を落ち着けた安心感とで、みな思わずわたしの存在を忘れ、いや忘れちゃいないが無視して、「ああ、あのネオンの店に寄ってみてえな、シャ・ネ・ルだって!」「田舎ってあんがい可愛い子いるしな。」「遊びてー!」などとはしゃいでいたのだが、その後なぜか、話はホストクラブへと変わった。これもわたしに気を使ってくれたということらしい。「テレビで見たけど、最近の人気は罵倒系なんだってよ。」「なんだよ、罵倒系って?」「ブスの癖にとか、その服ゼンゼン似合ってないぜ、とかって罵倒するんだよ。」「それならオレもできるかな?」そこでわたしはつい口を挟んだ。「罵倒してるだけじゃないんじゃないの? いざというときはタイミングを外さずに、少しだけ誉めたり、お礼を言ったりしてるに違いないよ。」「はあ。」「年に一度くらい、なんだおめえ、今日は誕生日なんだってな、ふん! とか、プレゼントオ? なんだまた時計かよ、貰っといてやるぜ、とか。」「そんな感じっすか。」「そんな感じじゃないの?
罵倒されてるだけじゃ、客としてももたないでしょ。ゴミ溜めの中にきらりと光る一言を求めて通い詰めるんじゃないかなあ。」「そうっすか。」気がつくとわたしは自分の想像するファンタジーをとうとうと語りだしていた。おっと、いけない。遠慮してないで、誰か止めてくれよ。

しばらくしんとなった後で、運転席の彼は「タカハシさんはスポーツとかするんですか?」と聞いてきた。何の会話もない10分間が結構こたえたようだった。「高校生の頃バスケットボールとかしてたよ。」「ああ、そんな感じっすね。強かったんじゃないですか?」「えっと、」そこでなぜだかわたしは見栄をはり、「それほどでもないよー、県大会どまりだったからさー。」などとうそでもないが本当でもないことを言ってお茶を濁した。なにしろ、そのクラブ始まって以来、初めての県大会出場を袖にして、わたしたちはいそいそと修学旅行の方を楽しんだというのが真相だった。「本当っすか、すごいなあ。オレはてきとーに、楽しんでますよ。」「今でもやってるんだ、すごいじゃん。」「女の子もやってますよ。」「ええ、同じチームで? いっしょにやるの?」「そうです。」「試合のときは?」「女の子は二人以上4人以下です。」「へー!」バスケットボールはそんなに広くはないが、コートの端から端までを何度も全速力で走り回る体力が必要だ。しかも、ゴールが高いところにあるので、背は高ければ高いほど有利になり、技術力よりも体力よりも、背の高さが勝敗要因の第一だったりもする、6年間没頭してみて、なんだかちょっと割に合わないスポーツだというのがわたしの感想なのだが、男女で一緒にプレーするというのは、わたしの想像を越えていた。男子の方が背が高く、優位に立っているのは明らかだったから。

「女子は男子のプレーについていけるの?」「だから、女子が入れたシュートは倍になるんですよ。」バスケットボールは1回ゴールすると2点、女子のシュートは4点になるというのだ。しかも、3点シュートというエリアがあり、女子が決めると、だから6点にもなってしまう。「へー!」「でも、ちょっとバスケじゃなくなっちゃうというか、違うものになりますね。」「なるべく女子にシュートさせようとするわけだ。」「そうなんですよ。男子が得点しても誰も喜ばないです。近くにいた女子にボールを回して、ディフェンスをガードして、その子に打たせるという作戦になりがちで、」「そうか、男子が女子を守るんだ。」「そうなっちゃいますね、どうしても。」「男女の格差つけすぎなんだ。」「ええ。」わたしは女性に華を持たせるペア・スケーティングやバレエのようなものを想像した。はっきりと目に見える男と女の役割分担。「楽しい?」「まあ、それなりに。」

今度はフットサルの話になった。サッカーをベースに、人数やコートを小規模にし親しみやすくした新しいスポーツらしい。こちらの方は、年齢、性別にはこだわらないのがモットーらしく、チームの中の男女比に特に決まりは無く、全員女子のチームと全員男子のチームが試合をすることもあるという。それで、やはり女子の入れた得点は倍になる決まりだそうだ。わたしは内心、高校生くらいの男子に女装させればすごい得点マシーンになるのではないかと、フェア・スポーツ精神に反した作戦を立てながら聞いていた。全員女子の最強チームが、やがて彼女らに倍の得点をやるのはアンフェアだ!と非難される、というストーリーを想像してもいた。この男女共同参画スポーツが今後どんなふうにルールを見直していくのか、ときどきは彼らと同じ現場に入って話を聞き、追跡調査してみよう。

眠ったとばかり思っていた後部座席の二人は、わたしが車を降りるとき、さっと飛び起きてドアを開き、わたしの荷物を降ろし、「お疲れ様でした」と言ってぺこりと頭を下げた。わたしは同じように「お疲れ様でした!」と言って軽く頭を下げたがそれは、半分は寂しいような恥ずかしいような気持ちを解消するためだった。男子にしたでに出られると正直なんだか落ち着かない。男子に荷物を持たれると正直なんだかうざったい。そして男子の仲間になれないと正直なんだか悲しい気分。わたしよりずっと若い男子と車中をともにした2時間あまり、わたしのジェンダーは複雑にできている。改めてそう自覚させられた2時間なのであった。ふう。



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