お腹の中に何か暖かいものが 入ってきて、留まった。消えることなく、いつまでもそこで息づいている。わたしはもう寒さを感じることがないのではないか、飢えることがないのではないか、もう二度と、孤立感に苛まれることがないのではないか、とさえ思った。でも、その気分が永遠に続かないことを、わたしは知っている。明日になればまた、焦燥感によって目覚め、喪失感とともに日暮れていく日常が繰り返されるのかもしれない。しかしその時それは、はるか未来の絵空事に過ぎなかった。わたしは充足していた、満足していた。心から幸福だったのだ。
イベントの最後を飾るパフォーマンス「ニップルアップル」が無事に終了したとき、わたしは自分のお腹の中に、ヨガの先生が 「気をためて!」 といつも言うところの丹田のあたりに、ほわっとした暖かい感じがあることに気が付いた。そしてそれが体全体に仄々としたエネルギーを供給しているようだった。たとえば、以前わたしは、胸の中に燃え盛る火の玉があると書いた。これは内側から身を焼き尽くすような強い感情の炎だ。憤怒、恐怖、悲嘆、後悔。地獄の業火と言っていい。それは自らが燃えるためにわたしの体からエネルギーを奪っていった。それから、がんの告知を受けたときは、頭蓋の中がひんやりと冷たくなったような気がしたものだ。最近わたしは、感情はそれぞれの内臓に宿っているのではないかと思っている。それで、丹田には何があるのか知らないけれど、そこに温かみを感じたときに、人は幸福感を覚えるのかもしれないと思っている。余談だが、憂鬱な気分に襲われたときは、案外、腹巻をするといいのかもしれない。
「ぽっかり穴のあいた胸で考えた」出版記念にと開催されたおっぱい祭りだったけれど、本が出版されたこと自体よりも、このイベントが、一つの出来事として時を刻んだことを記念するべき、と言いたいくらい、わたしにとって忘れ難いものになった。狭すぎるかもしれないと心配していた会場は、ちょうど良い親密さを作り出していた。わたしたちは膝を突き合わせて集った。肩が触れ合う距離で、その空間と時間を共有した。壁には、乳がんのために切除した胸部を堂々と広げて空を仰ぐ、ディーナ・メッツガーのポートレートが掲げてあった。
まだ半分くらいのような気がしていたが、そっと差し出されたプレートに、「もう終了時間」と書かれていた。間が持つかな、などと心配していたことが恥ずかしくなるくらい、わたしはしゃべり続けた。後で聞いたら、50分間ノンストップ。マイクはすぐに一人目のゲストスピーカーである宮淑子さんに引きつがれた。宮さん、いきなり、ご自身の乳頭に関するコンプレックスの話。更年期障害の治療のためのホルモン補充療法で巨乳になり、シャンソン歌手として舞台に立つときは、自慢の胸を大いに見せびらかせているという話。そしてもっと、おっぱいの話、体の話をオープンにしましょうと。次なるは出光真子さん、古風なおっぱいの話ということで、「ぺちゃぱい」という一言が、家族間の確執の始まりとなった話、そしてご自身の授乳体験、母性を押し付けられることへの問い直しが作品を生んだこと、ブラジャーをやめた話。わたしは思い出していた。真子さんと滞在したシンガポールのホテルで、バスルームから、「じゃじゃーん」などと言いつつ、素裸で現れた真子さんの姿を。
休憩する間もあらばこそ、次々とおっぱいトークは続いていく。LPCコラム「わたしはアンティル」のアンティルさんは、ナベシャツから乳房切除手術体験の話。しかしそこで、MTFの豊胸手術に比して、あまりにずさんなFTMに対する男の胸の作られ方、いや作られなさ加減が語られる。ふと見ると、出版記念に花束持って、きちんとしたスーツで駆けつけてくれた乳がん友だちが、意外にも、アンティルさんの話に深く頷いている。共感を表している。おそらくはまったく人生観の違う人たち、ひょんなところで出会っている。次はLPCコラム「トランスはお好き?」のAiちゃん登場。ネットであらゆるおっぱいを見比べて、自分が欲しいおっぱい像を楽しく想像していた話。しかしそのうち今のままで自分らしいと思えてきたこと、それでもなぜか、ブラジャーだけは絶対必要。それぞれのおっぱいにまつわる話は、聞いている方も体で感じる、そのまんまハーストーリーといった趣だ。
そしてシークレットゲストには、われらが永遠のフェミドル、田原節子さんのご長女綾子さん。綾子さんは、節子さんの闘病生活をもっとも身近に支え、見守り続けた。乳がんの中でも悪性度の高い炎症性乳がんであることを、始め、節子さんには伏せていたこと。それを知った節子さんが、「欲しかった情報はこれだった!」と壁を叩いて悔しがっておられたこと。発病してからもずっと、田原総一郎氏の仕事の、影の立役者であり続けたこと。無駄なく、淀みなく言葉を継がれる綾子さん、節子さんのきっぱりとした話し振りが思い出される。村上節子ではなく田原節子の名を選んだことに、人生の軌跡がまるごとあってこそ今の自分があるのだからと、節子さんなら言われるであろう、と。女の人生の奥深さ。
そこへ、一言いわせてと「わたしはレズビアン、おっぱい大好き!」という発言。会場からの「おやじ!」というヤジにも負けず、「おやじでなくても、おっぱい大好き!」と。
そして3人目のゲストスピーカーは上野千鶴子さん。よく母娘のがん罹患話は、因縁めいた話になるがこれは因縁ではない、統計の問題だ。今や、アメリカでは女の3人に一人、日本では5人に一人が乳がんになる。わたしは、うわー、本当ですか!?と思わず心の中で叫ぶ。お母様を乳がんでなくされた話。親友の松井真知子さんの話。松井さんの「アメリカで乳がんと生きる」をプロデュースし、ディーナ・メッツガーのポートレートを表紙に使った話。日本の乳房切除手術を変えたのは、一人の男の医者であった、今度は女が変えなくちゃとの激励。最後のゲスト、オオトリおっぱいは浜野佐知監督。おっぱいトークからぶっちぎりのマンコトークへ。もう誰も止められない。驚きの、しかしこれ以上の情愛があろうかという、心揺さぶる母上様との今生の別れ。
乳がんの診断を受ける以前に、わたしは本屋で松井さんの著書に出会っていた。ディーナ・メッツガーの雄姿に目を奪われていた。6年後、おっぱい祭り。その日その場にわたしがいたのは、まるきり、かの写真を心に抱き得たからなのだ。上野さんは「アメリカで乳がんと生きる」は大手の出版社からと心に決めていたそうである。そうでなければ、あんな近所の小さな本屋の店頭に、あの本が平積みにされるはずはなかった。わたしの目に触れることはなかった。ああ、とわたしが何か言う前に、上野さんならこうおっしゃることだろう、「これは因縁ではない。統計の問題」と。
わたしたちは繋がっている、わたしたちは繋がっていたい、だから繋がり合える仕事をたくさんしたい。欲しい人のもとに、たくさんの人のもとにメッセージが届くように。