前回、あまりにもぶっ飛ばしてるトンデモ本だったので、今回は、もう少しまっとうそうな本を取り上げようと思ったのです。ほんとなんです。
だって、なんかシンプルでおしゃれ気な装丁だったんだもん。平積みだったんだもん(そんなの関係ないに決まってるじゃん)。『30女という病』っていうタイトルもまあそこそこ気が利いているというか(パクリだけど)、現役30女としては(多分「30代女性」っていう意味で使ってますよね?)、多少なりともドキッとするところがあったんだもん。
ああ、それなのに、それなのに〜♪
3ページ読んで本を投げ出したくなりました。なんじゃこりゃ〜!
「石原S一郎」という名前は、ミソジニーから逃れえないんじゃないかと思っちゃうわよ、私。(今回、「三十路だからミソジニー」と、「石原S一郎」の二大くだらんギャグからどうしても抜け出せなくなっちまいました。すんません)
前回取り上げた、俺様幻想語り倒し本『「かわいい女」練習帳』のほうが、まだ害がないような気がしてしまいます。大爆笑させてもらえただけ、まだ精神衛生上よかったです。
なんつうか、『「かわいい女」〜』は、俺様の理想に当てはまらない「かわいくない女」は、ダメな女のレッテルを貼って視野の外に追い出して、自分のドリームワールドに浸っていたいだけ、っていう感じがするんだけど、『30女という病』は、敵意というか嫌悪というか、確実にこっちに狙いを定めて攻撃してくる感じが伝わってくるんだもん。その攻撃に実効性があるかどうかはまた別の問題なんだけど、悪意の存在自体がこわい。絶対に刺さらないとわかっていても、こっちに刃を向けてくる人がいるってこと自体が、なんとも嫌な気持ちにさせてくれるのです。
え〜っと、この本は、30代女性に蔓延する「カッコイイ私という病」「恋愛したいという病」「私らしさという病」「まだまだ若いという病」「倖せな結婚という病」という大きく5つに分類できる「30女という病」について、分析し、その対策を述べる本、のようです。
さらに前述の5つのカテゴリーから、「飲食店の『店員の質』に文句をつける」(カッコイイ私という病)、「いつもロクでもない男に引っかかる」(恋愛したいという病)、「結婚はしたくないけど子どもは欲しい」(私らしさという病)、「『女は30代から!』と言い張る」(まだまだ若いという病)、「『自分らしい子育て』に強くこだわる」(幸せな結婚という病)などの具体的な「症例」を5例ずつとりあげ、「問診表」と称したチェックリスト、「この病を抱えた30女に見られる症状」、「よくいる場所」(……って図鑑かよ!)、「治療法および予防法」、「よく似た病気」、「この症状が現れている30女との接し方」「合いそうな男性」などを解説しています。
「まあ本のつくりとしては、なかなかよく工夫しているよね」と、思わず30女らしく上から目線で批評したくなりますが。
いやでもね、このタイトルにつられてこの本を買ってしまった自分を見ても思いますが、女って、自分自身を分析したがるイキモノなのかなと思うんです。それに引き換え、男って自分自身を分析するのが怖いんじゃないかなと。んで、かわりに女を自分よりも劣った存在だとして分析するのが好きなんですよね。
だからこの種の本が出てくるのかなと思って。女はさ、馬鹿な男を見かけたら、分析どころかそいつのために小指1本動かすのも嫌で、視界から消し去るような気がしますもん。
わざわざ、「30女はこんな病を抱えている!」と細かく分析らしきものをしようとする、その粘着っぽい姿勢が、なんとなく不気味なんですよね。本のつくりが手がこんでるだけに、余計に不気味。
そして、「はじめに」が「親愛なる30代女性のみなさん、こんにちは。」で始まり、「おわりに」に「30女のみなさんに、愛と感謝を込めて」というタイトルをつけ、「30代女性に親愛の情を込めて、辛口メッセージを送っています!」という姿勢をアピールしようと試みつつ、そこここから、女への憎しみみたいなものが滲みでてきているのが見えるような気がしてならないのですよ。
特に私は「カッコイイ私という病」の章が引っかかるんです。蘊蓄をたれたがったり、カッコイイ自分にうっとりしたりしている30女を批判したいんだと思うけど、ここで批判されてるような「男」って、珍しくもなんともないと思うんですよね。そういうわかりやすいかっこつけかたをする女も存在するのかもしれないけど、私はより多くのそういう男に会ったことがあるぞ! そしてそういう男とそういう女はよく似ているのかもしれないけど、一番違うのは、こーゆー男は必ず、その蘊蓄を聞かされて「すごいねー」とか持ち上げて男をいい気持ちにさせる犠牲者の女を必要とすることなのだ!
というか、著者自身もそういうヒトなんじゃないかと推察されます。それで、自分がやってきたことを客観的に見せられてちょっと恥ずかしくなったとかならまだかわいいもんですが、自己との類似性には少なくとも表層意識では気付いてない感じがまたなんとも。深層心理で近親憎悪を感じてる……というよりこれは単に「女のくせにナマイキ」と言いたいだけであろうと思われます。女が憎くてしょうがないんじゃないかと思わされるんですよね。それがこわいんです。
スマートでかっこよくてお金があって幸せそうに見える女が妬ましくて、でも、妬んでることも認めたくなくて、「あいつらは浅はかで薄っぺらなんだ!」と主張したいだけなんだもんねえ。かわいそうに……。
「こういう行動する女って、こんな風に痛々しいよな」と上から見下して口の端で笑っているつもりが、ついつい「『カッコイイ』という称号は、とくにウリがない(と自分で思っている)30女のみなさんにとって、ひじょうにありがたいホメ言葉。」(カッコ内は、かろうじてギリギリのフォロー)「『お客さま扱い』してくれない相手と気軽な関係を構築できるほど人間性に幅がない」(パリの路地裏に関する)「彼女たちの知識の8割以上は、自分の足で得たものではなく、オシャレ系女性誌の“外国バンザイ特集”の別冊付録で得たものです。」という決めつけや、「ビジネス系の女性誌とかでインタビューされてる女性社長のみなさんって、みんな同じような顔つきで、同じような服装で、おなじような話をなさっているように見えるのは、気のせいでしょうか……」という的を外した批判など、そこかしこに冷静な分析を逸脱し、余裕を失ったツッコミが出てきてしまっている感じがなんとも気になります。
そんな妬みだだ漏れな文章は、結局自分を落とすだけのような気がするんですが、それを敢えてやっちゃう度胸には敬意を表してもいいような気がするけど。全体に、哀れな感じがただよっちゃう感じ。「ああ、気に食わないんだねえ。かわいそうにねえ」と頭をなでてやりたくなるような。(やだけど)
そう思って読むと、やっぱりただのオヤジの戯言でしかないのかもしれません。よくいる場所として挙げられている「聞いたことのないバンドが出ているライブハウスや、聞いたことのないアーティストの個展をやっているギャラリー」って、そりゃオマエが聞いたことないだけやろ、オッサン! とかツッコミたくなっちゃいますし。各「症例」をがんばってフォーマットにしたがってまとめてるから、けっこう苦し紛れなところも多いんだろうとは思うんだけど、そういううかつさがそこここにあふれてるように思えるんですよね。
そんでもって、ここに書かれている「30女」の「症例」って、実際にどこにいるんだ? という疑問も残る。著者がフィールドワークに出たのか、彼の周囲にいる何人かの人を観察したのか、飲み屋で隣に座っていた女性の印象でも語ってみたのか、それともアエラにでも載っていた「30代女性像」を参考にしたのか? な〜んか、30代女の生態を分析しているのではなく、「こうであってほしい」という著者の願望でしかないように聞こえるんですよね。リアリティがないっつうかなんつうか。
わかってない感がただよいまくってるような。分析したいわけじゃなくて、俺にとって目障りな三十女(のイメージ)を描写して悦に入りたい……じゃないや溜飲を下げたいだけみたいなんだもん。
あとがきで、「男性にとっても、この本は極めて役に立つ内容だと自負しております。」とご自分でも書かれているけど、むしろ、ご同類の男性にしか役に立たない本だと思います。書店で置く棚間違えているんじゃないかと思うほど。少なくとも、この本のタイトルを見て「『30代女子に特有の病理』があるとしたら、自分もそれに当てはまるかもしれない」なんて不安を煽られてしまうような女子には、かけらも役に立たないことを私が保証しましょう。ま、最近ちょっと自分を甘やかしちゃってるかなー、という方には、ミソジニーの風を浴びて自分を鍛え直すツールとしてオススメできるかもしれませんが。
俺、辛口コラムニストだし、プロフィールにも「愛ある揶揄や苦言を込めたビター風味のメッセージ」って書いてるし、帯にも「お節介は承知のうえ」って書いてるし、そう目くじらたてるなよ、冗談のわからん女だな、とか言われるかもしれないけど、私もお節介は承知のうえで、漏れ出るミソジニーというか、「男の嫉妬」というか、「『女のくせに生意気』と言わずにいられない病」のみっともなさを指摘せずにはいられないのよね。
……私も意外と同類なのか? それは嫌だなあ。
『30女という病―アエラを読んでしまう私の悲劇』石原壮一郎・講談社 1,400円(税別)