3歳のハローワーク

 たまにはゆっくりと新しい本でも眺めてみたいと思い、本屋へ出かけました。しかし、子どもが幼児向けの本棚の前から動こうとしないため、仕方なくそこで一緒に本を見る羽目になってしまいました。

 子ども向けの本といえば、童話などのお話か、キャラクターや乗り物、動物などの絵本と決まっているように思っていましたが、これは最近の傾向なのか、職業に関する本も何冊か見かけました。その中の一冊を手にとってみると、やはり子どもの人気の職業が主に紹介されていました。野球選手、サッカー選手、警察官、消防士、医者、看護士、ケーキ屋さん、パン屋さんなどなど。3歳〜4歳向けの本だからか、子どもに夢を与えようとその職業のよい点ばかりが目立ちました。保護者向けの解説文には、「子どもに夢を与えよう」とする目的のほかに、「子どもの社会性をはぐくむ」ためにもこの本は有効なのだと書いてありました。夢を与えるのはいいけれど、子どもの社会性は世の中の職業を本で教えることなのかと疑問を持ってしまいました。

 近頃は、子どもに世の中の仕事を見せる、あるいは体験させることも流行っていますね。仕事を体験するテーマパークもあります。小学生ともなれば、本物の職場へ出向いて職場体験もできるようです。しかしこの職業体験も一体どういう目的で行われていることなのでしょうか?仕事に対して夢を持たせるため?それとも仕事の経験をさせて社会性を持たせようとすることなのでしょうか?

 ある日、図書館に行くと平日の午前なのに小学生が数人いました。今日は休校なのかと思いきや、その小学生たちはエプロンをして本を持ち、「失礼します」と言って棚に本をしまいこみました。しばらくすると小学生たちは一箇所に集まり、図書館員から次の仕事の指示を受けているではありませんか。これは噂に聞く職場体験なのでした。

 職場体験は図書館だけにはとどまりません。駅、スーパーなどでも時々見かけます。幼稚園や保育所のホームページを見れば、どこそこの小学校から職場体験にいらっしゃいましたと紹介されています。そして極めつけは、平日昼間のテレビです。修学旅行の東京見物の定番と思われていた日テレの「おもいっきりテレビ」ですが、最近は学生の見学者を職場体験(見学)のために来たと紹介されることが多くなった気がします。

 将来の職業に夢を持つのはまったくかまわないのです。職場体験をさせるために、小グループで出かけてしまう生徒たちを指導する先生方の苦労には頭が下がります。職場体験に対して絶対反対ではないのです。しかし、何か違和感を感じるのです。

 それは夢と現実のギャップ。子どもの夢をぶち壊すほど仕事を取り巻く環境は厳しいということ。個々の仕事が厳しいものということではなくて、主に雇用環境が悪いぞということなのです。

 夢を持って図書館に職場体験に来ている男子小学生たちは、主に女性職員が非常勤だったり、パートタイマーだったりする現実を知っているでしょうか?幼稚園や保育所へ職業体験に行っている小学生たちは、そこで働く教師や保育士たちが有期雇用であったりパートタイマーであったりする現実を知っているのでしょうか?キャリアのある保育士が次の雇用契約を結べず退職し、簡単に若い保育士に置き換えられるという現実を知っているでしょうか?テレビ局を訪問している中学生たちは、そこに就職することがどれだけ狭き門であるか知っているでしょうか?そこで働いている人みんながそのテレビ局に直接雇われているわけではないという現実を知っているでしょうか?主に本好きがなりたがる記者や編集者も、中には自分の信念にそぐわなくてもスポンサーが納得する記事や文章を書かなければいけないことが多々あります。それに、仕事の流れで徹夜が何日も続くこともあるけど、それに対して残業代が出ない会社も少なくありません。子どもに対して雇用環境の悪さを説いたら大変なことになってしまいますが……。仕事に対する夢をぶち壊しにする現実が多すぎるのですよ。

 職場体験の生徒を見るたびに、こんなことを思ってしまうのは意地悪なのかもしれません。だからといって現実はこうですよと親や周囲が子どもに教えるのは、かなり危険をはらんでいます。「あの職業はアレだからだめ。この職業はコレだからだめ」などと言って、結局は安定した職業である公務員になれと言い続けた自分の親と同じになってしまうでしょうし、親のそういった言葉がどれだけ子どもの夢はもちろん、やる気をもぶち壊してしまうかは経験上知っています。さらに、親が子どもの職業選択にアドバイスなどをしてしまうと、結局は肩書きの立派な職業に就かせたかったり、収入の確保できる職業に就いたあかつきには老後の面倒も見て欲しいなどという親としての希望(エゴだったりして…)が隠れているかもしれません。けれども、なるべく長く続けられるような仕事、日々の生活ができるだけの収入を得られる仕事に就いて欲しいと個人的には思っています。でも、これもまた自分が成しえなかった事を子どもに押し付けてしまう親のエゴってことになってしまうのかもしれません。

 そんなことを考えながら仕事図鑑を立ち読みしていましたが、3歳の子どもはどのように考えているのか試しに聞いてみることにしました。突然のキャリアカウンセリングです。「大きくなったら何になりたい?」と。すると答えは"電車の運転手さん"。電車好きの彼は、選ぶ本も、着る服も、ブロックを組み立てる時も基準は電車。日本地図も好きな電車や新幹線が通っているところだけはしっかり覚えるようです。子どもは好きなものを通して職業を知っていくのでしょう。それならば私の出る幕はないと、そっと仕事図鑑を棚に戻しました。


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年齢を重ねるということ
[2008/09/26]
内緒の理由
[2008/09/18]
ため息
[2008/05/01]
関わり方
[2008/04/17]
めざせよき母
[2008/03/27]
サービスと再就職
[2008/03/06]
とあるニュースが差別に思えて……
[2008/01/25]
女の腹
[2008/01/05]
坂戸恵美から江川綾子さんへ
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