最近、立て続けに女性だけが発言するというあまり例を見ないテレビ番組が放送されました。ひとつは2月に放送された朝まで生テレビ「激論!“女”が変える日本!」。そしてもうひとつは今月はじめのビートたけしのTVタックルでした。
このふたつは主な話題として女性問題を取り上げていました。その中で、朝まで生テレビで「マスコミが最も男社会なんじゃないか?」という発言がありました。それを聞いて、「そうだ!」とテレビに向かって言ってしまいそうになりました。司会の田原氏が指摘した、女性週刊誌の編集長が男性であることもそうなのですが、考えてみると女性編集者が編集者としてキャリアを積んでいくのがとても難しいという現実がそこにはあるように感じます。
かつて雑誌編集部に在籍していた時のこと。その雑誌は工学系だったために読者層もその多くが男性でした。そもそも工学系というのは男性の専売特許であるかのような風潮が根強く残っていう分野です。そのためか、その分野の雑誌編集部には女性編集者が少なく、しかもほとんどが20代でした。編集に携わった数年間に出会った女性編集長はたった一人でした。仕事をはじめた当初は、これから女性が多くなってゆく職場なのだろうと考えていましたが、時間が経つにつれ、それは間違いであることに気が付いたのでした。
一緒に仕事をした女性編集者たちは、新しく入ってきては、しばらくすると他の会社へと移っていきました。彼女たちのほとんどは同じ言葉を言って会社を去っていくのです。
「この編集部では、自分のしたいことすらさせてもらえない。」
工学系雑誌の女性編集者は、どんなにその分野の知識が男性たちと同じでも、同じ土俵の上で仕事をすることができませんでした。第一、取引先の担当者も男性なので、話をするのは男性でなければいけないという不文律があったように思います。それでも女性が取引先の担当者とうまく話をまとめたことが編集部に広まれば、男性から何を言われるか……。たんに「少しぐらい成功したからって、いい気になるんじゃないぞ!」くらいのことで済ませられればいいのですが、酷いと「色仕掛けなんじゃないか?!」などと変な想像をされたりします。男性の専売特許の分野に挑戦したのはよいけれど、やはり女性が果敢に切り込んでゆくことはなかなかできない現実を目の当たりにすると、自然にサポートに回ったほうがとりあえず編集部にはいられるし……と、入社当時の情熱はどこへやらといった状況に陥ります。そうして次第に時が過ぎ、もうそろそろ転職してもいい時期かもと思い始めて、転職先を探し、去っていくのでした。
今でもその分野の雑誌を見ることはありますが、奥付にある編集者の名前を見るにつけ、つらくなります。女性が少ないだけならまだ納得がいくけれど、“編集アシスタント”に女性の名前だけが書かれていると、本当は編集部員として他の編集部員と同じように仕事をしたいのではないだろうか?と考えたりします。でも、それ以上につらいのは、編集後記の欄に男性編集部員が専門的な(その分野の)時事ネタなどを書いているのに対して、女性アシスタントがそれ以外の話題――最近見たのは「会社の近くにおいしいお店があったんで、はまってます!」って話――を書いてしまうことです。
ただ、女性にもひとつだけ許されたことがありました。それは、女性らしく、女性に向けた情報発信でした。具体的には、雑誌や書籍でよく見かける「女性のための…」「女性にもわかる…」というような企画です。それならば女性が企画立案することが許されるのです。それらのネーミングが差別的なことは言わずもがなですが、しかしそこには、工学的な分野は女性が苦手とする分野であり、女性が理解できない理由や、女性が理論を理解するまでの過程は女性編集者以外に理解できる人(男性)はいないという、企画のタイトル名以上に差別的な考え方がそこにはありました。それに加え、女性編集者に期待されていたのは、センスでした。女性にやさしい解説、文字の大きさ、図解の多用、優しさあふれるレイアウト、場合によってはキャラクターの起用など、女性ならではの視点が期待されていました。色や飾りで視覚でうったえる必要なんてあるのかと疑問を持ったとしたら、それは女性編集者として失格かもしれません。
しかしながら、「女性のための…」や「女性にもわかる…」(時には「主婦にもわかる…」など)という名前の記事や書籍が、工学系に限らず政治や経済の分野でもあることは確かですし、市場として確立されているのも現実です。「はじめての…」や「入門…」というタイトルであれば事足りるのではないかと思いますが、他社の類書を意識すれば、やはりターゲットを絞っていくしかないという理由もそこにはありそうです。
また、女性編集部員(これは男性も含まれるでしょうが)を悩ませるものに、「編集者たるもの24時間営業で望むべし」といった仕事第一の編集者の存在です。実際にいたのは、寝袋を常備しているので週末しか家に帰らない人。そういった人の比率が高ければ、結婚したり子どもを持ったりすることに消極的にならざるを得ないでしょう、女性は。男性は別ですよ。結婚して子どもがいても、平日会社に泊まったら、「家族のためによくがんばっているね!」と評価されちゃうんですから。
女性編集者の物語といえばマンガ「働きマン」です。確かに評判どおり面白いです。主人公は男社会の中でも対等に仕事をしていて、キャリアに対して目標もある。少なくとも、女性だからアシスタント業務しかさせてもらえない、なんてことはないようです。現実に存在する編集部は、女性も対等に働けるところも多いと思いますが、確固たる男女差別の中でアシスタント的な仕事しか与えられず、転職するしか職業に対する自分の目標を達成することができない人たちも実在するのです。
マスコミは男社会。その意味はいろいろあると思いますが、働き方ひとつをとっても女性にとっては厳しい仕事場、すなわち、男社会に他ならないのでした…。
ところで、このコラムを見てくださった方から、感想やご意見などをいただきました。本当にありがとうございました。