痴漢撃退してみたものの

20代のころ、私は数え切れないほど痴漢に遭っていました。社会人2年目のころだったでしょうか、ある日の朝、いつもの電車に乗って会社へ行こうとすると、事故のため電車が止まり、振り替え輸送のために別の電車へ乗り換えることになりました。さっそく別の電車に乗ると、そこは階段近くの車両だったために多くの乗客が乗り込んできました。そこから出発してしまうと、次の駅までの10分間はドアが開きません。

しばらくすると、自分が痴漢にあっていることに気が付きました。しかも二人です。顔を確かめると50歳くらいの男性と、20代の学生らしい男性です。この二人は知り合いなのでしょうか? この混雑の中、揺れの激しい電車のせいで着ていたTシャツが相手の手に引っかかり、破けました。このままではいけないと、私は周囲の乗客に助けを求めました。持っていた文庫本で腕をつつき、今の状態を知らせました。乗っていた場所が功を奏したのか、座っている乗客も気が付いてくれました。でも、すぐに止めに入る人がいないことと、私の我慢も限界になっていたので、Tシャツの中に入ったままの腕をつかみ、大声で言ったのです。
「もうしないで! どれだけ我慢したと思ってんだよっ!」
と言って、50代の男性を殴ったのでした。車内は混雑していたにもかかわらず、見事に隙間ができ、犯人は周囲の男性に取り押さえられました。

次の駅に着くと、乗客の一人が駅員を呼んできてくれ、私と犯人と協力者たちがぞろぞろと駅の事務室に連れられていきました。鉄道警察が、私や犯人や協力者たちの話を一通り聞くと、犯人の身元を確認しました。すると、犯人は一年前のその日、同じ駅で痴漢で捕まっていたということでした。これはいかんということになり、私たちは警察へ連行されることになったのです。しかし、もう一人、若い方の犯人がいたのですが、その人は事務所に連行されるときも後から付いてきて、事務所でのやりとりをずっと見ていたのでした。放火の犯人が必ずその場所に戻るというのと似ています。犯人と協力者の一人が事務所をのぞいているあいつもやったと言うと、鉄道警察が捕まえようと出て行ったのですが、その男は走り出し、改札を飛び越えたところで取り逃がしてしまったのでした。

結局、私と犯人だけが警察に行くことになりました。鉄道警察の方は、「絶対に告訴してください!」と言っていましたが、警察に到着し、取調室に入ると、担当の警察の方からは、
「ガードルをはいていたんだし、甚大な被害は無かったのだから…」
「彼(犯人)は前科があるから、訴えてもしょうがないよ。」
などと言われ、これ以上、この件に関しては戦わないという話し合いをして警察を出ました。

痴漢に遭ったことはもちろん許せないのですが、警察にがんばって来てみたものの、なんだか消化不良な感じです。私がどんな思いで警察まで来たと思っているの? と、言ってやりたくなりました。駅から警察にくるまで、どれだけ酷い状態だったか、知っている? と。警察に連れられて歩く姿は、被害者であれ、他人から見れば犯罪者でしかなく、そう確信を持った人からの投げやりな言葉といったら酷いものでした。ある人は、“女のくせにキセルかよ!”と言います。これはまだかわいいほう。ある社会人グループは、“朝から馬鹿なことしたんじゃねぇ?”、“犯罪者!”と言って笑っています。ここまでくると、自分が被害者であることすら忘れてしまいそうになります。

それでもと気を取り直し、会社へ出勤すると、案の定、事情を聞かれました。しかし、会社は分かりましたと言うだけでした。後日、給料明細が渡されたとき、それが会社としては当然のことなのに、そのときの遅刻した分がしっかり給料から差っ引かれていたことに、本当にやりきれない思いがしました。そして、会社内の男性からは、なんで痴漢で騒ぎ立てたんだと言わんばかりのバッシングを受けることになりました。たとえば、“朝から元気だな”“誘ってたんじゃないの?”“正義感振りかざしやがってさぁ”“かわいくねぇ”“そんな女見たことねぇ”などなど。痴漢という犯罪であることにも関わらず、男性陣にはかなり眉をひそめる行動をしてしまったようで、ここでもまた自分が悪いことをしてしまったのではないか? という思いにとらわれました。

この一件で、痴漢に遭った女性は、犯罪に遭ったにもかかわらず、保障も救済もされないどころか、下手すると周囲から激しくバッシングされ、ついには被害妄想的に自分を責めてしまうところに行き着くことを知りました。正義感を振りかざす目的で犯人を殴ったわけではないし、絶対許さんということで警察に乗り込んだわけでもありません。でも、これが現実。逃げても、戦っても、この事件を完全に精算するには至らないのです。

しばらく落ち込みましたが、このままではいけないと思い、したことといえば、外見を変えることでした。洋服は流行のものを着るようにし、ウォークマンを聞き、ガムをかみながら電車に乗り、髪はソバージュにして(古いですね。知らない人いますか?)、化粧は濃く塗るようにしました。電車の乗り位置を変えたり、時間をずらしたりするより、実はこれが一番効いたのでした。

今回、婆星で何度も話題になっている痴漢について、私も便乗してみました。痴漢に遭うのはもちろんつらいけれど、痴漢に遭った被害者に向けられる好奇の目、そして恐ろしいほどの偏見と容赦ないバッシングはもっとつらいものです。今思えば、“皆様には大変ご迷惑とご心配をおかけしました”との一言を各所で言えば、保障はなくとも何らかしらの救済はあったのだろかと考えます。少なくとも自分を追い込む事態に陥ることは無かったのではないかと。それから、多くの男性陣と保守的な女性からの、最低限の同情は得ることができ、傷口が広がることもなかったのではないかと。自分が悪くなくても、とりあえずこの決まり文句を言わないことには何事も認めないという国で生活しているのだから、そのくらいの気配りが必要だったのかもしれません。開口一番、その言葉を言うだけで周囲はがらりと変わる。それは早ければ早いほどよろしい。そうしたら確実に味方が増える。少なくとも、敵対はしない。悲しいけれど、それが自分を守るためのひとつの手段であることには間違いがないようです。


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めざせよき母
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サービスと再就職
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とあるニュースが差別に思えて……
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女の腹
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