めざせよき母

 この春、出身小学校が廃校となった。在校当時(20数年前)から複式学級にいたせいで、特に中学にあがるときは小学校の勉強が完全に終了していないという不安を抱えながら卒業した生徒が多くいた。小学校をなくすべきかどうか、当時からいろいろ言われた。反対派の住民は、過疎化が進むのを恐れていた。賛成派の住民は、PTAの役割の一部を任されていたことや、その人数の少なさゆえ、PTA会費の一部も負担するなど、小学校とはなったく関係のない人たちが巻き込まれていたことに負担を感じていた。戦いは長かったが、ようやく決着がついたようだ。これからこの地区の小学生は、これまた人数の少なさゆえ、スクールバスではなく、路線バスや親の送迎で通学することになった。

 小学校1年生から路線バスで通学することに驚く方も多いだろうけれど、私が幼稚園に通っていたころ、公立だったのでスクールバスは存在しなかった。だから、一般の人にまじって路線バスで通園していた。この地区で育った人はみんなそうしていた。最初は親がバス停まで送っていたが、慣れてくれば自分でバス停と家を行き来した。そうやって育っていた。そして、不思議とみんなが3世代同居家族だったため、保育園に通うものはいなかった。だから、私は二十歳を過ぎるまで、保育園の存在も、システムも知らなかった。

 20代のころ、会社の近所に幼稚園があった。出勤時間が登園時間と重なり、母親が子供をつれて毎日通ってきていた。そして、こちらが昼休みを終えるころに母親が子供を迎えに来ていた。幼稚園がこれほどまでに短時間で終了してしまうことを、そこで始めて知った。なぜなら、僻地ゆえ路線バスが少なく、私たちは夕方のバス時間まで預かり保育だったからだ。当時は預かり保育は幼稚園の正規の保育時間だとばかり思っていた……。こんな母親たちを見ていると、なんだか子供を持つことがこわいと思うようになり、私は絶対にそのような生活をしたくない、子供なんか持ちたくないと考えていた。ちょうどそのころ、ある男性社員が子供を保育園に迎えに行くと言った。そこではじめて保育園は共働きの両親の子供を保育してくれるのだと知ったのだった。

 それから10年の時間が経過し、現在の私の生活といったら、幼稚園に子供を送り迎えする毎日を送っている。この春、2年保育で子供を幼稚園に入園させた。3年保育が主流であるのに、思い切った決断であった。しかし、私学ならではの保育料の高さや、トイレ(オムツ禁止)の方針などに少し不安があり、入園を先送りしていた。また、大声ではいえないけれど、保育園に入れたいな、という考えもあった。

 3年保育を見送ったという事は、周囲の人々にとってはとてもすごいことだったようだ。この一年間、言われ続けてきたのは、「途中入園した子供は、孤立する。」だった。実際に孤立する子供を見たという人もいれば、そういう波に乗れないヤツは親子共々孤立してしまうよと助言をくれる人もいた。しかし、今のところ息子は元気に登園しているようだし、今日は誰と友達になれたのかと報告してくれている。まあ、途中入園したことで孤立しているのは、母親、この私だけなのかもしれない。

 これから私の頭を悩ますものは、PTAだの、保護者会だのであたるかもしれない役員や係というものだ。これには細かい条件がある。下の兄弟がいる児童の親はできない役員や係があること。在籍期間中は、必ずひとつは何らかの役をやらなければならないことだ。世間で言われているように、これらの役割はみな母親がしているようで、昨年の役員名簿を見ても父親の名前は見当たらなかった。不安になり、知人たちはどうしていたのか調査すると、父親も多少は幼稚園に足を運んでいるようである。それは役員としてではなく、父親参観日や行事や入園・卒園式などである。これまで親がPTAとしてどのように関わるかについて書かれた数冊の本を読んでみた。参考にはなったが、この手の本を書くのはなぜか男性なのだ。だから、そこまでできるのは男だからではないのか?と思われるような思い切った意見や行動を目の当たりにしたが、これが今後の参考になるかどうかは疑問だ。何度も言うけれど、男性の視点だからだ。男が、父親が読むべきだったのだ。

 私は男性が幼稚園にいくとどうなるかということを目の当たりにした。それは入園式でのことだった。たいていイマドキは両親揃って出席するようで、子供の数に対して、大人が多くいる。用意された保護者用の椅子もすでにいっぱいで、座れない大人たちで会場はひどく混んでいた。式が始まった。すると大人たちは、正しくは、男たちが動き出した。なんと、会場の前半分に座っている子供たちを取り巻くように動き出し、みなそろってビデオをとりはじめたのだ。すると子供たちもそれに反応し、親に向かって走り出しておどけたり、立ち上がって親に向かって声を出したりしだしたのだった。しかし、だれもそれを「止めろ」というわけでもなく、子供に行儀よくしろと言うわけでもない。とにかく、撮影会になってしまったのだ。さらに一部ではあるが祖父母までもが会場に入ってくる始末で、小さな子供を連れた私などは撮影会場からはじき出された形となってしまった。
「保護者の椅子は1家族1つまでです!」
「保育時間に教師を呼び出すお電話はご遠慮ください!」
「給食費は必ず現金でお支払いください!」
教師の注意や指導が会場の外まで聞こえてきたが、撮影会の熱気は冷める気配がない。運動会などでも同じ状況だと聞いているが、実際に目の当たりにするとかなり滑稽な風景だ。でも、これがイマ流、都会流ということであろうか。

 とにかく、保護者として社会とのお付き合いが始まってしまった。近頃の賢母ブームの中での保護者デビュー。スタート時点から周囲との意識(意欲だろうか?)のギャップに圧倒されてしまった。園の活動における主流派の振舞い方と、保護者としての振舞い方と、児童のママとしての振舞い方と……身に着けるべきものが多すぎる。ここはいっそのこと、さめた母親で貫こうとも考えるが、「意欲的でもない、協力的でもない母緒の子供はやっぱり孤立するよ。」という、かつていただいたありがたい助言が、主流派のよき母になれよと私を駆り立てるのである。


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