緊急避妊は、中絶なんだろうか。
前回ご紹介したのは、「緊急避妊=中絶=殺人」という意見。「緊急避妊ピルとは、すでに始まった命を終わらせるもの」ってかんじでした。
さて、世の中には、「緊急避妊ュ中絶」と主張する立場もあります。前者がアメリカ、後者はケニアで発行されたハンドブックです。
緊急避妊は中絶を起こすものではありません。緊急避妊ピルとは女性が妊娠する前に機能するものです。実際、女性がすでに妊娠していたら、緊急避妊ピルは効果がありません。緊急避妊は自然流産を促すものでもないし、中絶を引き起こすものでもありません。もしも緊急避妊が広く普及していたら、中絶の件数は毎年半分程度に減少させることができたでしょう。なぜなら予期しない妊娠のうち170万件は防ぐことができたからです。
(Emergency Contraception The Nationユs Best-Kept Secret 1995)
緊急避妊は着床に先立って作用するものです(受精の防止や受精卵の移動、着床を妨げる働きも含みます)。妊娠とは受精卵が子宮に着床したときに初めて起きるものであり、したがって緊急避妊は中絶を起こすものではありません。(Program for Appropriate Technology in Health and International Planned Parenthood Federation Africa Region 1996)
とまあ、いくら引用してみたところでかわりばえしないというか、「緊急避妊=中絶」とするか「緊急避妊ュ中絶」とするかは、要は<ヒト>の誕生を受精の瞬間とするか着床が完了したときとするかという解釈の違いだけ。緊急避妊の作用そのものの解釈が異なるわけではないようだ。
アメリカなどは、なにしろ中絶をめぐって人が殺される国だから、それが中絶に相当するものなのかどうか、とんでもなく重大な問題なのだろう。しかしながら、その状況には心の底から同情しつつも、「緊急避妊ュ中絶」が念押しされるたびにどことなく冷淡な気分になってしまうのはなぜだろう。それはたぶん「緊急避妊≠中絶」が叫ばれるほど、結果的には「中絶=殺人」であることが強調されてしまうからだ。彼らがそれほどまでに必死なのは、泥沼の中絶論争に巻き込まれたくないんだろうということが、伝わってくるからだ。
遠いアメリカなんかじゃなく、もっと卑近な例をご紹介しよう。わたしが連載をしているあるWEBマガジンでは、BBSが併設されているのだけれど、中絶経験者の意見に対しては、これまで「人殺し」「胎児の生命はどうなる」といったレスが少なからず並んだ。大阪・池田小の事件が起きたときには、かけがえのない生命が粗末に扱われているさまは、中絶を連想させるという意見さえあった。当然のことながら、中絶体験はまったく語られなくなってしまった。ゴリゴリにプロライフ的な場だといってよいと思う。
ところが話題が緊急避妊法となると、空気が一変する。こんな情報を待っていました、女性にとってとても大切な選択肢ですね、こないだ緊急避妊ピル飲みました、日本でももっと普及すべき等々、大絶賛の声が続く。誰もそれを「人殺し」と非難したりしないし、あれほど心配されていた胎児の生命さえ、誰も気にかけようとはしない。
これが避妊ガイドブックの記述ならまだわかる。緊急避妊が中絶ではないことを明らかにすれば、緊急避妊ピルを処方するクリニックも薬局も増えるかもしれない。ユーザーも抵抗なく利用できるかもしれない。しかし同じユーザー同士という立場にもかかわらず、この落差はなんだろう。「緊急避妊ユーザー」による「中絶ユーザー」への差別には、醜いの一言に尽きる。その境界線は、もうおわかりの通り、実証できないほど曖昧なものなのに。
中絶も反対、緊急避妊にも反対という厳格なプロライフ派のほうが、むしろ潔くてわたしは好きかも。中絶する女性が許せないというみなさん、緊急避妊には手を出さないほうが賢明ですよ。<避妊>という名前がついているけれど、もしかしたらその実態は<中絶>なのかもしれないしね。 |
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