松山市  

第18回 聖なる病院

 かつてわたしが通っていた大学は、カトリックの神父とシスターと信者たちで溢れていた。センセイたちは「学生の婚前交渉を許すべきか」なんてことを真剣に話し合っていたし、保健センターの避妊指導に顔をしかめている人も多かった。語学のディベートの時間にプロライフ派の悪名高い中絶ビデオを見せ、「さあ、中絶賛成派の人は手を挙げて」と仕切ってみせるアグレッシブなシスターもいた(これじゃディベートじゃなく魔女狩りだ)。

 ある研究会に参加したときのこと、そのメンバーの約半数は社会人だったのだが、そこに洗練された風情のマダムがいらした。自己紹介で、自分はカトリックの信者で、夫は開業医だと話していた。  会は進み、なにかの拍子に話題が少年犯罪の問題に及んだとき、そのマダムは、大げさに眉をひそめて発言し始めた。自宅は産婦人科のクリニックで、最近は中絶希望の若い女性が多く、本当に嘆かわしいことだという。中絶しても涙も見せない、のだという。 ところがマダムがだらだらと話を続けるうちに、ふいに「本音」が漏れた。中絶は望ましくないとは思うけれど、クリニックの経営上やむを得ないと夫が言うので・・・。

自分の信仰と生活の間で引き裂かれて苦悩していると言えば聞こえはいいが、早い話、中絶はオイシイからやめられん、ってことだろう。お産が減って経営基盤が揺らいでいる開業医にとって、時間も手間もかからずリスクも低い中絶はおいしい収入源だと聞く(しかも現金収入でふっかけ放題だ)。マダムは現在の恵まれた生活を手放すつもりはない。中絶で飯を食い、息子を大学にやり、家を飾り自分を飾る。大学の研究会に参加して自分の教養を高めた気分を味わうことができるのも、みんな中絶のおかげなのだ。

信者としての自分を振り返ったとき、後ろめたさを感じるマダムは、だから中絶を求めて来るようなオンナを攻撃する。ふしだらで無教養で哀れな患者を救済するためにやむを得ずやっているのよ、とオンナに責任を転嫁する。自分の信条に反するなら断ればいいものを。引き受けといてぐずぐず言うな。

電話調査を始めてあらためて気づいたことは、医療機関を探すのはとても難しいということだが、しかし一方で(東京在住のわたしは、という限定つきだけれど)、それほど贅沢を言わなければいくらでも選択肢があるということも感じる。ならば喜んでオンナを応援してくれる医療機関を選びたい。信仰上の理由から中絶お断り、緊急避妊お断り、ピルもお断りということを看板に掲げるなら、それはそれで親切だし、誠実だし、すがすがしいというものだ。少なくとも中絶しといて、カネを取っておいて、後ろ指を指すようなところより何百倍もマシよね。

では、そんな誠実な医療機関を求めて、「聖なる病院」にお電話してみましょう。まずは新宿区の聖母病院。 「カトリック病院として、当病院を訪れる人々に、キリストの愛の精神を基盤にし、質の良い医療とともに温かい思いやりを心掛けています」とのこと。こちらの看護学校は妊娠すると即退学させられるとのウワサです。

「避妊に失敗してしまって・・・あとから飲んでも間に合うお薬があると聞いて・・・」
「こちらカトリックなので、ほかの病院に問い合わせてみてください」
「ピルみたいなものだと思うんですけど」
「ピルはね、処方していないんですよ」
なんという潔さ。時代におもねらない姿勢を、いつまでも貫いていただきたいものです。

次に、杉並区の衛生病院。
「キリスト教精神に基づき、心と体の調和のとれた健康的な生活を大切に考え、健康教育や予防医学への積極的な取組みを行っております」。こちらはセブンスデー・アドベンチスト(SDA)教団(プロテスタントのキリスト教)所属。中央線沿線では、お産で有名なところ。なんでも妊婦は天使として扱われ、「サマ」付けで呼ばれるらしい。

「避妊に失敗してしまって・・・あとから飲んでも間に合うお薬があると聞いて・・・」
「うちではやっておりません」
「ピルみたいなものだと思うんですけど」
「他の病院をあたってみていただけますか。こちらでは紹介もしていないので」
こちらもさっぱり、すっきりとした対応。声の調子は温かいものでした。

最後に、中央区の聖路加病院。
「キリスト教の愛の心が 人のなやみを救うために働けば 苦しみは消えて、その人は 生まれ変わったようになる この偉大な愛の力を、だれでもが すぐわかるように計画されてできた 生きた有機体がこの病院である」。すごいなあ。でかいなあ。こちらが所属する「日本聖公会」は、カトリックとプロテスタントの中間に位置付けられます、とのこと。
「避妊に失敗してしまって・・・あとから飲んでも間に合うお薬があると聞いて・・・」
「72時間以内なら間に合います」

さすが『生き方上手』の日野原センセイが理事長をつとめる病院、とってもリベラルなのね。

個人の開業医でも、キリスト教の信者なんてそれなりにいるはずだが、緊急避妊への対応はどうしているんだろう。いつかインタビューしてみたいものだ。お知り合いの方などいらしたら、ぜひ紹介してください。

INDEX
調査内容詳細はこちら
第29回 [2003/07/30]
緊急避妊のお値段

●調査地域 [大学病院付属病院(私立)]
第28回 [2003/07/23]
目指せ、ヤミ堕胎

●調査地域 [大学病院付属病院(国公立)]
第27回 [2003/07/15]
中絶をめぐるわたしの空想

●調査地域 [大阪市]
第26回 [2003/07/08]
イイオサン

●調査地域 [京都市]
第25回 [2003/07/01]
村上節子さん

●調査地域 [長崎市]
第24回 [2003/06/03]
ピルは飲むのか入れるのか

●調査地域 [鹿児島市]
第23回 [2003/06/03]
パイプカットのお値段2

●調査地域 [宮崎市]
第22回 [2003/06/03]
パイプカットのお値段1

●調査地域 [大分市]
第21回 [2003/05/27]
男性用ピルかパイプカットか

●調査地域 [広島市]
第20回 [2003/05/20]
「排卵法」と「粘液法」

●調査地域 [岡山市]
第19回 [2003/05/13]
合掌

●調査地域 [和歌山市]
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