60日近く生理が来ないままのんびりしていた友人を、「信じられん! もしも妊娠していたらすでに中期中絶じゃんか!」とさんざんからかっておきながら、ふと気がついたら、あれれ、わたしももう半月近く遅れてる。生理が遅れることなんてめったにないのに。
まっさきに考えたのは、どこで中絶したらいいんだろう、ということだった。婦人科検診で行ったクリニック、あそこは妊婦が多かったからどうもなあ。緊急避妊で有名なクリニック、ボッタクリ気味に高そうだよなあ。こないだ取材に協力してもらったクリニック、中絶は2週間待ちだって行ってたっけ。そんなに待てないよー。
先週の原稿で「選択肢はけっこうある」と書いておきながら、いざ中絶となると、ココ、っていうのが思いつかない。安心して、快適に、気持ちよく中絶できるところ。信頼してカラダをまかせられる医師。待合室でオトコが所在なく座っていたりせず、電話番号の末尾が1103(イイオサン)ではない産婦人科。
やっぱり医師が喜んで女性の選択を応援してくれるクリニックに行きたいものだ。中絶する女性を憎んだり蔑んだりしている医師のところには行きたくないもの。
『小さな鼓動のメッセージ』(いのちのことば社 1993年)に紹介されているのは、札幌の医師。子どもたちが眠る枕元で「オレは、人殺しの父親だ!」とアタマを抱えていたのだという。勤務医で、やむを得ず85年から87年の2年間で1,000回の中絶手術を行う。
「業と思って割り切らなければならぬと何度も何度も自分に言い聞かせました。しかし周期的に自殺したくなって、何回も地下鉄に飛び込もうとしました」
ストレスによるウツ状態といったところだろうが、どう考えても不幸なのは患者の方だ。これじゃいつ医療事故が起きてもおかしくない。こちらの身にもなっていただきたいものです。
医師は苦悩のなかでキリスト教に出会って、「わたしはクリスチャンになりました。もう中絶手術は一切しません」と宣言。中絶に訪れた女性たちを説得してまわる。ほどなく病院は彼を解雇する。彼は語る。「もし地獄を見たければ、中絶手術の現場を見てください」
よかった。解雇されたんだ。胸をなで下ろす読者も多いことだろう。病院も、いくら人手不足とはいえ、こんな人材に患者をまかせないでほしい。この体験記のなかで、上司に当たる医師は、最後のチャンスとして、ある中絶手術をこの医師に命じる。彼はそれを拒んで解雇されるのだが、踏絵に使われる患者の方はたまらない。ヘタするとこの医師に殺されていただろう。
次に、『助産雑誌』2003年3月号「中絶のケア」に原稿を寄せている、葛飾赤十字産院の医師、竹内正人氏。
「一般社会には、人工妊娠中絶に対して安易感があるのは否めないし、産婦人科医にとっても、外来前や時間の空いている時に、短時間で済まさなければならない手術である」
皆さん知ってました? 中絶手術って、時間の空いているときに短時間で済ますようなものなんですって。あんなに高額なのにさあ・・・
「中期中絶は、それを扱わざるをえない医療者にとっても本当にいやな仕事であることを強調しておきたい。こんなことを引き受けるために、産科医になった覚えはないというのが、本音である」
この号の特集は「中絶のケア」なのだが、どうやらケアしてもらいたいのはこっちの方だよ、ということを言いたいらしい。
「もちろん、それぞれの方に、妊娠中絶を選択する理由があり、当人が最も深く傷ついているのだろう。確かに、それを感じさせる方は多い。ところが、それをまったく感じさせない方も多いのである。子どもの命や母親の身体が、こんな風に粗末にされていいのだろうかと、憤りを覚えながら、それでもお腹の中にいる子が生まれることは、やはり不幸なことなのだろうと自らの感情を抑えようと試みる。ただ、それでも、自分を抑えきれないことも度々ある」
母親の身体が粗末にされていると感じながら、一方で、中絶によって深く傷つくような女性像を期待する。混乱してますねえ。大丈夫かなあ。で、最後の一文がこれ。
「今回の特集で、自分も学びたいと思う。合掌」
こんな医師によって傷つけられてきた女性たちに、わたしも合掌。
女性を応援してくれる医療機関。中絶する女性を温かく迎えてくれる医療者。アタシはあきらめずに探すわよ!
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